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2017.03/01(Wed)

転機 ①

これで、何日になるだろうか。
オクトパス原始星団にさしかかり、ここの宇宙嵐のせいで、ヤマトは足止めをくらっていた。
幸い、ガミラスからの攻撃はない。
もっとも、こんな宇宙の難所に飛び込んでくる輩はそうそういないだろうが。

時間に限りのある航海で、これほどの日数をこの空域で浪費してしまうとは想定外だった。
もともと、想定に無いことずくめの航海ではあるが、なすすべもなく過ぎていく日をただ数えるのは、乗組員にとって大いに苦痛だった。

乗組員の精神衛生の状態も悪化の一途をたどっている。

昨日の、古代と島の喧嘩もその象徴だ。
将棋の勝ち負けなんて、どうでもいいようなことで、殴り合いの喧嘩までするなんて。
普段なら、考えられないことだった。

そして、そんな班長同士の喧嘩騒ぎは、その他の班員同士の関係にも、微妙な影を落としてしまった。

     ◆     ◆     ◆

その日、南部は、太田と連れ立って食堂に行くことになった。
珍しく、同じシフトの勤務だったので、どちらが誘うでもなく一緒に食事をすることになったのだ。

第一艦橋を出てしばらく歩くと、南部はいかにもだるそうに生あくびをした。
「あーあ・・・。たまらないなあ。一体いつになったら、この空域を脱出できるんだよ・・・。」
太田は、フンと鼻で相槌を打つ。
「俺たちだって、必死に抜け道を探ってるんだ。そんな顔しないでくれよ。」
実際、航海班は、不眠不休で航路探査にあたっていた。
「ごめん。あんまりやることが無いもんだから、つい。」
南部は、謝りながら、太田の横顔をちらっと見遣った。
しかし、太田の表情は案外明るい。
「まあ、もうしばらくの辛抱だと思うよ。この空域の8割がたは解析が終わったんだ。残りの2割の中のどこかに、抜け道があるはずだよ。」

「でも、太田。そろそろ、ここから脱出しないと、みんな限界だぜ。」

限界なのは、南部も同じだった。
戦闘がないのは、ありがたい。
しかし、この密閉された空間の中で、見通しもなく、毎日やることもないというのは、正直堪らなく苦痛だ。
特に、戦闘班は、他の各班と違って、非戦闘時はやることが極端に少ない。
武器の点検補修と作戦会議、それに、各自、訓練メニューをこなすこと─それが終わってしまえば、後は延々、暇なのだ。

「まあ。とりあえず、食べようぜ。ただでさえイライラしてるんだ。こんな時は、胃袋に血を集めた方が、余計なことを考えずに済むってもんだ。」

太田の言葉に半ばあきれながら、それでも南部は幾分、気が晴れた。
太田のおおらかな人柄は、稀有の妙薬だ。
二人は、何となく笑顔になりながら、食堂に入った。

ところが、入ってすぐ、二人は異変に気づいた。

いつもなら、各々、気ままに席を取って食事をしているはずの食堂までもが、どことはなくぎこちない雰囲気に包まれている。
見渡せば、一目瞭然。
各テーブルごとに、まるで色分けされているようだ。
戦闘班と航海班は二つに割れ、その他の班員が、その間を埋めるように席について食事をしている。

南部と太田は、顔を見合せてため息をついた。

面相臭いことになってしまった。
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19:28  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

転機 ②

太田は、いつにも増して早食いだった。

南部も食べるのは早い方だが、今日の太田には負ける。
あっという間にプレートの食事を平らげると、セルフサービスのコーヒー入れてきた。

「南部。さっさと食べろよ。」
「お前が早すぎるんだよ。」

南部は、具のないスパゲッティをフォークにまきつけながら、隣に座ってコーヒーをすする太田に目くばせした。
太田がそれを察して、南部に顔を寄せてくる。
「何だよ。南部?」
南部は、声を落した。
「どうなってんの?こいつら。」

太田は、さりげなく周りを見回して、ああ、と頷いて南部を見た。
「この、テーブルごとに色分けされた状況ね。」
「何で、航海班のやつら、かたまって座ってるんだよ。」
しかし、太田は、まるで人ごとのようにシレっとしている。
「さあね。そんな気分なんじゃないの?」
「馬鹿言えよ!そんなわけないだろ。」
「だけどさ、それを言うなら、戦闘班のやつらだって同じだろ。反対側に、かたまってるじゃないか。」
「だから、そのわけを聞いてるんじゃないか。」

南部も食べ終わったプレートを下げると、コーヒーを片手に戻ってきた。
二人のヒソヒソ話は続く。

「だいたい、島と古代が悪いんだよ。おおっぴらに殴り合いなんかするから、こんなおかしな事になるんだ。」
「まあ、当の二人はもうとっくに仲直りしたみたいだけど?」
「それだよ。二人とも、班長の自覚がなさすぎるんだ。自分たちが大騒ぎしたら、周りの班員がどうなるかなんて、全然頭にないんだから。」
太田は、声のトーンこそ落してはいるが、その口調には批判の色がありありと出ている。
南部は、同僚のふくれっ面が面白かった。
「まあね。古代が喧嘩っ早いのは昔からだけど、最近は島もひどくなってきたよなあ。」
「古代に感化されたんじゃないの?」
南部は思わず、ぷっとふきだした。
「ははっ。島が古代に感化されたって!?太田、お前わかってないね。」
「何が?」
太田は、不服そうに聞き返した。

「あの二人、最初から似た者同士だろ。」
南部は、コーヒーを口に含んで、ゆっくりと飲み下した。
太田は、意外そうな顔をしている。
「そうかな・・・?」
「そうさ。島だって、一旦こうと決めたら、絶対に譲らないだろう?古代もそう。だから、二人はぶつかるんだよ。」
南部は、残りのコーヒーを飲みほして立ち上がった。
「とにかく、ここを出ないか?なんか、しゃべり辛くって堪らない。」

二人は、相変わらずおかしな空気の食堂を後にした。
双方の班員の視線を背中に感じながら・・・。
19:30  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

転機 ③

「まったく、面倒臭いなあ。」
南部は吐き捨てるように言い放った。
太田は、格納庫に向かう通路を並んで歩きながら、南部を見上げて笑った。
「他のやつらの様子が、そんなに気になるのか?南部も意外と繊細な心の持ち主なんだな。」
「お前は気にならないのか?」
すると、太田は少し皮肉っぽく、そして同情するような笑みを浮かべた。
「気にしたって仕方ないだろう?島や古代だけじゃない、みんな、イライラしてるんだ。おまけに暇ときてる。暇つぶしに、誰かがみんなを煽ってるんだよ、きっと。」

それにしてもムシャクシャする。
─一体、いつまでこんな状態が続くんだ・・・!
南部は泡立つような心の毒を、やっとのことでのみ込んでいた。

そんな、同僚の心を知ってか知らずか、太田は相変わらず、淡々としゃべり続けている。
そして、とんでもないことを言い出した。
「ここだけの話、外宇宙への通路なんて、あるかどうかの確証はないのさ。」
「えっ!?」
南部は驚いて立ち止まった。
「どういうことだよ・・・?」
太田は慌てて、シーっと指を口元に当てると、あたりを見回した。
「大きな声を出すなよ。」
「だって、この空域のどこかに、外宇宙に通じる抜け道があるから、こんな嵐の中に3週間もとどまって我慢してるんじゃないのか!?」
「まあ、落ち着けよ。」
太田は、もう一度あたりを見回して、人気がないのを確認すると、近くの物置に南部を連れ込んだ。
「他のやつらに聞かれるとまずいからさ。」
「太田。説明しろよ。」
太田は、小さなため息をついた。
「理論上は、あるはずなんだ、外宇宙への抜け道が。そこを通過するのが、一番の近道であることに間違いはない。この空域を迂回しようとすれば、それこそ、膨大な日数を費やすことになるだろう?」
「ああ・・・。でも、いま、その確証はないって言うから・・・。」
「確証はないさ。あくまで、理論上の話だからね。その抜け道を実際に通った地球人はいないわけだから。それに、そこを通ってきた宇宙人と遭遇したわけでもない。」
「なるほどね。」
南部は落着きを取り戻して、頷いた。
「こんな話、他の乗組員には漏らせないだろう?ただでさえ、みんな不安なんだ。」
「そうだろうな。で、太田。航海班はもちろんそのことを知ってるよな?」
「当然だろう。俺たちが航路を決定してるんだ。本当は俺たちだって、不安なんだよ・・・。」

南部は、島と古代の喧嘩の理由がわかったような気がした。航海班のやつらが、何となくよそよそしいわけも。
「それで、島のやつ、古代につっかかられて、まともに受けたのか。」
「多分、島も不安なんだと思うよ。航海長って肩書が、余計に意固地にさせてるのさ。」
太田も、仕方ないというように首を振って、ため息をついた。

「仕方ないな・・・。」
南部は、太田を伴って再び歩き始めた。
「格納庫まで付き合ってくれないか。あと始末をしてまわらなきゃならないからさ。」
「えーっ。格納庫は加藤の管轄だろう?放っとけよ。」
「その加藤も、古代と一緒にバツ掃除でひと騒ぎしたらしいんだ。艦長に聞こえると、また、厄介なんだよ。」
「ははっ。『南部。古代と加藤を呼べ!』ってか。」
太田は、昨日の呼び出しの件を思い出して、おかしそうに笑った。
「とにかく、付き合ってくれよ!」

南部は、ムッとして足を速めた。


19:31  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

転機 ④

太田は、黙って一歩前を歩く南部の後をついて行った。

─南部・・・。あと始末って、どう始末をつけて歩くつもりなんだろう。

太田は、南部の背中にただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
黙ってはいるが、いつのも穏やかさはすっかり影をひそめ、殺気にもにた迫力が、南部の全身から立ち上っているようにも思えた。
それに、どうして自分を伴って行かなければならないのか、その真意がよくわからなかった。

二人が、格納庫の手前にさしかかった時、薄く開いたドアの向こうから、複数の乗組員の話し声が聞こえてきた。
はっきりとは聞き取れなかったが、どうやら、今回の航海班の対応を誰かが批判しているようだった。

太田は思わず眉をひそめた。
予想はしていたが、実際に、陰で自分たちを悪く言われている現場にでくわしたのだから、当然、いい気はしない。
それに、今回の航路選択については、自分の心のどこかに、どこかやましいようなところがあるものだから、余計に気持ちがざわついて、素知らぬ顔が出来なかった。

─クソっ・・・!事情も知らないで、勝手なこと言いやがって!

しかし、次の瞬間、眼前で起こった出来事に、太田はアッと息をのんだ。

それは、一瞬のことだった。
一歩前を歩いていたはずの南部の背中が、その瞬間、視界から消えたと思ったとたん、目の前のドアが急に開け放たれ、それと同時に、室内にいたブラックタイガー隊の隊員が一人、椅子から転げ落ちていた。
そして、もう一人は、胸ぐらをつかまれて、吊るしあげられている。

─南部・・・!

太田は、突然のことに声も出せなかった。

部屋の中にいた、3,4人のブラックタイガー隊の隊員は、普段は穏和な南部の豹変ぶりと、その恐ろしいほどの怒気に、言葉を失って立ち尽くしていた。最初に南部に殴り飛ばされた隊員も、その痛みというよりは驚きのあまり、転げ落ちた格好のまま、固まってしまっている。

南部は、部屋の中をゆっくりと見渡して、静かに口を開いた。

「不確かな情報で、仲間の陰口をたたくようなやつは、出て行ってくれないか。ただでさえ、みんなイライラしてるんだ。それを、自分の感情で、煽るようなことをする奴は許さない。仲間同士いがみ合って、ガミラスに勝てるのか。」

恐ろしいほどの静寂が部屋中に充満していた。

「言いたいことがあれば、いつでも言いに来い。納得がいかなければ、戦闘班長かお前たちの隊長に報告を上げろ。」

南部は、吊るしあげた隊員を放り投げるように解放すると、部屋を出た。
俯いた横顔が、少し、青ざめて見えた。

19:33  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

転機 ⑤

部屋を出てから格納庫に着くまで、南部は一言も口をきかなかった。
太田も、黙ってついて行くしかなかった。
─南部・・・。大丈夫かな・・・。
太田の心配をよそに、南部は淡々と歩いている。

しかし、太田は、格納庫の扉の前で南部が呟いた一言を聞いてしまった。
口の中でぼそっと、多分、太田に聞こえないように、それでも、つい言ってしまった一言・・・。
『さあ、いくぞ・・・。』

どうして、密かに気合いを入れる必要があるのか、太田にはわからない。
そして、元をただせば、どうして自分が連れてこられたのかもわからない。

太田は、南部の背中に、静かに充ちる気迫を感じた。

     ◆     ◆     ◆

格納庫では、ブラックタイガー隊員たちの、賑やかな出迎えを受けた。
ここでも、暇な者たちが、将棋をしたり、トランプに興じたりと、思い思いに時間をつぶしている。
皆、口々に、『南部さん!』とか『砲術長殿!』とか言いながら、手をあげたり会釈をしたりして南部に挨拶をした。
それに応える南部もまた、先ほどまでとはうって変わって、穏やかな笑みをたたえて、にこやかに応じている。
南部の管轄は砲術班だが、ブラックタイガー隊の中にも、すっかり溶け込んで、いい関係を築いている様子が伝わってきた。

─南部・・・。一体、何考えてんだ・・・?

太田は、南部の変わりように、微かな不安を覚えた。


「よう!砲術長!」              
 
仲間とコーヒーを飲みながら談笑していた男たちの一人が、振り返って手をあげた。
山本だった。
南部も、さっきとはうって変わって、にこやかに応じた。
「山本、暇そうだな。」
「なんとかしてくれないか。こんなに暇じゃ、体がなまっちまう。」
山本は、笑いながらコーヒーを飲んだ。
「ふふふ。それは、俺も同じさ。」
南部も、笑顔で肩をすくめた。
「で、出発はいつ頃になるんだ?」
「そんなこと、俺にわかるわけないだろう?それを決めるのは砲術班じゃないよ。それに、だいたい、嵐がおさまる予定なんて、誰にもわかりゃしないさ。」
南部は、太田の方をを振り返って、片目をつぶって見せた。

─・・・?
しかし、太田は、南部のウインクの意味がわからずに、ぽかんとしている。

山本も、チラッと太田の方を見て、そして、意味ありげな笑いを浮かべた。
「なるほどね。副航海長殿は航海の見通しがついたから、その説明に来てくれたってわけか?」

─えっ・・・!

太田は、思いがけない展開に言葉を失った。
「航海の見通しなんて・・・。それは、その・・・。」
山本は、相変わらず、ニヤニヤしている。
すがる思いで南部を見ると、南部もまた、笑顔で頷いているではないか・・・。
─南部ー!
太田は、やっと、南部の思惑を理解した。

─自分がここに居るのは、偶然なんかじゃない。
南部は最初から、こういう場面を想定して、太田を連れてきたのだ。
この、艦内の不穏な空気を、少しでも和らげるために。少しでも、乗組員の気持ちを安定させるために。
副航海長の一言が、どれほどの影響力を持つか・・・。
普段、意識したこともない自分の肩書が、これほど重たいとは・・・。

太田が一人慌てている間に、気配を察知した隊員たちが、太田の周りに集まり始めた。
みんなの期待が、太田にも伝わってくる。

太田は、南部の服を引っ張ると、小声で助けを求めた。
「南部!お前、事情は知ってるだろう!?説明なんてできないよ!」
しかし、南部は柔和な笑みを隊員たちに向けながら、太田の耳元にそっと囁いた。
「こうなったら、一発、はったりかませ!」

─はぁ!?

南部は、クスッと笑った。

「嘘でも何でもいいから、みんなを安心させてやってくれよ。確証もないのに、大見栄きった航海長の後始末だよ。」

─クソー!南部のやつ!

隊員に囲まれてもみくちゃにされる太田を一人残して、南部は加藤の居る格納庫最上段に消えた。


19:34  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

転機 ⑥

やっとの事で、ブラックタイガー隊の隊員たちから解放された太田は、大きなため息をついた。
こうなってしまっては、航海班がいかに自信と責任を持ってこの艦を導いているか、太田は力説するしかなかった。
はったりもいいところだ。
山本は、そんな太田を、いかにも面白そうにに見ている。
「お疲れさん。」
言葉とは裏腹な、楽しそうな山本の顔が、太田の疲労感を倍増させた。
「人ごとだと思って・・・。お前も南部とグルか。」
太田の的外れな恨みごとに、山本は、とうとう吹き出した。
「はっ、まさか!ただ俺は、南部が意味ありげに目くばせするから、何となく、話を合わせただけさ。」
「勘弁してくれよ。俺たちだって、いっぱいいっぱいなんだよ。」
「まあ、そう言うなよ。」
山本は、太田に、傍の椅子をすすめると、コーヒーを淹れてくれた。
「おかげで、みんなの気持ちも多少は落ち着いただろうよ。先が見えないって言うのが、一番つらいからな。」
山本の言うことはわかる。太田にしても、先行きが見えないから辛いのだ。
二人は、隊員たちに背を向ける形で、並んでコーヒーをすすった。

太田は、ふと、格納庫の上部を見上げた。
「南部、遅いな。」
「ああ。加藤にはいろいろ言いたいことがあるんだろう。」
山本も太田につられるように、視線を上に向けた。

「南部も辛いところだろうよ。」

山本の言葉には、明らかに、いたわりの感情が含まれていた。

太田は、黙って山本の次の言葉を待った。
手元のカップから立ち上るコーヒーの香りが、ゆらゆらと二人の間に漂っている。

「ここは、若いやつが多いし、加藤と俺とで自由にやらせてもらってるけどさ。南部の方は、そういうわけにもいかないみたいだぜ。」
「どういうこと?」
「砲術班は、叩き上げの『先輩方』が結構いるんだよ。士官学校出の新人砲術長が仕切るのは、かなり骨の折れることだと思うよ。」
山本は、一度言葉を切って、格納庫の上を見上げた。
南部が下りてくる気配は、相変わらずなかった。
「古代のやつが、あんなだろう?戦闘に関しては天才的なんだが、それ以外は、まるでなってない。古代は人間関係の築き方が下手なんだ。それを、南部と加藤とでフォローしなきゃいけないんだが、加藤ときたら、古代に押されると、つい一緒になって騒いじまう。それで、南部の負担が増えるってわけだよ。」
太田は言葉もなく、山本の顔を見つめた。山本はそんな太田から目をそらすと、呟くように言った。

「南部って、本当は、あんなに社交的な奴じゃないと思うんだよなあ。だって、俺たちと呑んでても、いつも一人淡々と、って感じだろう?まるで、酒で自分を包み隠すようにさ。もしかしたら、ずい分無理して、あんな風にふるまってるんじゃないかな。みんなに気を使って、褒めたりすかしたりさ・・・。」

山本は、苦笑いの顔で、ため息を一つついた。

太田は、先ほどの南部の様子を思い出していた。
そういえば、ここに入る前、南部は静かに自分を奮い立たせていたっけ。
─『よし、いくぞ。』ってそういうことだったのかな・・・。


それからしばらくして、南部が加藤と一緒に下りてきた。
二人は穏やかに談笑しながら、それでも加藤は幾度となく南部に謝っていた。
南部も表面上は、いつもの、穏やかで愛想のいい男だ。

しかし、太田は、その様子を、複雑な思いで見つめていた。
もう、南部に一杯食わされて冷や汗をかいたことなど、すっかり忘れていた。

     ◆     ◆     ◆

太田は、南部と連れだって居住区に戻りながら、南部の横顔を見つめた。
南部も、そんな太田の視線に気づいて、不思議そうな顔をした。
「なに?さっきのこと、怒ってるのか?」
「いや、そうじゃないけど・・・。」
南部は足を止めた。
「じゃあ、なに?」
太田は、次第に、南部のことが気の毒になってきた。
山本が言う事は、恐らく当たっている。
この男は、燃える激情も、傷つきやすい心も、すべて胸のうちにしまい込んで、それを笑顔で覆い隠しているのだろう。
南部の笑顔は、無言の拒絶だ。

─自分の心をさらけ出すのを、恐れているのか・・・?

南部は、黙ったきりの太田の顔を心配そうにのぞき込んでいる。
太田は、慌てて、適当なことを言った。
「いや・・・。さっき、ブラックタイガー隊の隊員たちを殴っただろう?あれって、隊員たちを締めるための、作戦なのかなって。あれも、計算ずく?」

「えっ・・・。あれは・・・。」
南部は意外にも、バツの悪そうな顔をした。
「あれは、ただ、キレただけ・・・。つい、カッとなって。」

南部は、恥ずかしそうに笑った。

太田もつられて、笑った。


この翌日、古代と島の衝突が再び起こることも知らずに・・・。


fin







19:35  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑧

夜の風は、冷たい空気を運んでくる。
夜10時を回って、店の外に出た皆の頭上には、こぼれ落ちそうな星々が輝いていた。

地上に戻ってから数ヶ月、開発の進む都市中心部に比べれば、郊外に広がる未開発地区の方が圧倒的な面積を占めている。その、荒れ果てたまま手付かずになっている土地から吹いてくる風は、少し埃っぽい臭いがした。


「じゃあ、俺はこれで。」
真田は、ニヤリと笑うともと来た道を戻って行った。
「相変わらずだなあ。」
と、太田が苦笑混じりで見送れば、
「まあ、真田さんはああでなくっちゃ。」
と、相原も笑った。

真田は、やり残した作業があるからと言って、研究室に戻って行った。久しぶりの宴会にウーロン茶で付き合ったのも、そのためだった。
ユキは真田の後姿を見送りながら、昼間の件を思い出していた。
─防衛軍の未来の方向性にかかわるプロジェクト・・・。

ほんの少し俯いて思いを巡らすユキの表情を、島は見逃さなかった。

「ユキ?どうかした?」
「いいえ。なんでもないわ。」

ユキはそう言って笑った。
─本当に何でもなければいいのに・・・。
ユキは胸に渦巻く不安をぬぐい去ることはできなかったが、とにかくいつもの笑顔をつくることはできた。

いつの間にか、作り笑いばかりが上手になった。
昔はもっと自分の気持ちをストレートに表現したような気がする。
泣いて、笑って、怒って・・・。

ユキは、気がつくと、古代の事を考えていた。
いつも一緒だった、苦しかった日々・・・。

ユキは、満天の星空を見上げて、もう一度微笑んだ。


「そろそろ、行こうか。」
島がみんなを促して、5人は歩き始めた。

「なあ。もう一軒、寄って行かないか?」
相原の声で、みな、足を止める。
「いいけど・・・。」
そう言って太田は、ユキを見た。
ユキを誘っていいものかどうか、迷っている顔だった。
かといって、このまま一人で帰らせるのも気が引ける、といったところだろう。

ユキは、瞬時にその雰囲気を察知したようだった。
「ああ、私なら、一人で帰れるから。どうぞご遠慮なく。」
そして、じゃあ、と手をあげた。

「おい。待てよ。」
島は引きとめたが、ユキは笑顔で駈け出した。
「大丈夫よ!私、こう見えても、ヤマトの戦士なんですから!」

残された格好の男4人は、一瞬顔を見合わせた。

そして次の瞬間、一人が彼女を追いかけて走り出した。

「次の店、メールで教えて。後で行くから。」

南部の後姿はは、あっという間にみんなから遠ざかって行った。







19:49  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑨

南部はあっという間にユキに追いついた。

驚いて振り返った彼女は、息せききって走ってきた友人の姿に、一瞬、目を見開いたが、すぐに笑顔になった。

「もう、南部さんったら、びっくりするじゃない。」
「ああ…、ごめん。」

南部は、少しばつが悪くて、曖昧に笑った。
ユキを一人で帰らせたくなくて咄嗟に追いかけてきたのに、ユキの笑顔に迎えられると、途端にその気持ちのやり場に困ってしまった。置き去りにしてきた3人の男たちの視線が、遠くから南部の背中に突き刺さるような気がする。

「あの、ほら・・・。その、彼奴らが・・・。」

南部はこの期に及んでも、『送るよ。』の一言が言えなくて、言い訳まじりに背後の3人の方を振り返りもせず指差した。
するとユキは、南部の指差す方をみて、クスクス笑いだした。
「まあ、みんな。何言ってるのかしら?」

面白そうに笑うユキにつられて振り返ると、その視線の先には、何かしら賑やかに叫んでいる男たちが、街の灯りに照らされて、そのシルエットだけが重なり合って揺れていた。

「いや、彼奴らがさ、ユキさんを一人で帰らせちゃまずいんじゃないか、って言うもんだから・・・。」
「まあ、そうなの!?大丈夫だって言ってるのに。」
「でも、呼び出しといて一人で帰したんじゃ、古代に怒られるよ。」


ユキは、南部の苦しい言い訳をサラリと夜風にながして微笑んでいた。
そして、向こうで騒いでいる3人に手を振った。

「じゃあ、お言葉に甘えて送っていただくわ!」

ユキは通りの向こうで揺れるシルエットに向かって大きな声で叫ぶと、南部を見上げて、またクスクス笑った。


二人は、相変わらず騒がしい気配の3人に背を向けて、再び歩き始めた。
チューブカーのステーションから、ユキは自宅のある郊外に向かうはずだ。

しかし、一つ隣のブロックの角まで来た時、彼女は不意に立ち止まると、ステーションとは逆の方向へ角を曲がった。

「・・・?」

不思議そうな顔の南部に、ユキは微笑んだ。
「ちょっと、寄りたいところがあるんだけど。」
「えっ?どこ・・・?」
南部は少々酔いのまわった頭の芯が、急に冷めるような気がした。
「ほら。あの丘の上。」
ユキに促されて見上げた先には、開発中の街のはずれの小高い丘の上に、ほのかに浮かぶ明かりが見える。
その儚げな明かりは、今まで街の明かりにかき消されて見えなかったのが、このビルの陰の暗がりまで来て、初めてぼんやりと浮かび上がってきたのだった。

暗闇の中にぽつんと浮かぶその明りは、まるで、灯台のようだった。

「あれは・・・。」
「そうよ。今はまだ建設中だけど、この前の航海で亡くなったヤマト乗組員の魂が眠る場所。」

ユキはそう言うと、先に立って歩き始めた。
南部を振り返りながら、後ろ向きのまま歩いている。

「大丈夫。ママには、今日はお友達の家に泊めてもらうから、って言ってあるから。」

そう言うユキの表情は、街の外れの暗がりにまぎれて、南部からはよく見えなかった。
しかし、少し、寂しそうに微笑んでいるような気がした。



19:50  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑩

ユキは、相変わらず南部の半歩前を歩いていた。

皆と別れてから、どのくらいの時間をこうして歩いているのだろうか。
黙って彼女の後を歩く南部の頬は、夜風に晒されて冷えきっていた。

「ねえ、ユキさん・・・。」

南部は、遠慮がちに声をかけた。

いつの頃からか、南部はユキのことを『ユキさん』と呼ぶようになっていた。
いつまでも『森さん』と呼ぶのは、あんまり他人行儀だ。かといって島や真田のように『ユキ』と呼ぶのはなんとなく気後れがする。そういうわけで、間をとって『ユキさん』に落ち着いたのだった。
相原や太田も『ユキさん』と呼んでいるが、彼らも恐らく同じような事を考えているのだろう。


この事には、古代との関係の微妙な変化も、影響していた。
友人であり、同僚であり、かけがえのない仲間である彼は、同時に、自分たちににとっては上官でもあるからだ。

もちろん、ヤマトに乗った時から彼は既に上官だったわけだが、あの頃はみな幼くて、今にして思えば学生気分が抜けていないものだから、その辺りの線引きは曖昧だった。

しかし、今は違う。
今や古代は、完全に上官なのである。そして、ユキはその古代の婚約者だ。

どちらにしても、『ユキ』と自然に呼べるほど、彼女との関係が親密だという自信も無かった。

―自分とユキとの間には決して越えられない一線がある・・・。

南部は、無意識のうちに、自分の気持ちにロックをかけているのかもしれなかった。
それは、単に古代に対する遠慮というわけでもないのだ。



「なあに?南部さん?」

振り返った彼女は、南部の心の内も知らず、無邪気な笑顔を向けてくる。

「いや、歩くと、結構遠い気がするね。」
「そうね。向こうから見たときは、すぐそこにあるような気がしたけど、案外遠いのね。」

ユキはそう言いながら、白いカーデガンの襟元を直した。

「寒いの?」
「ううん。大丈夫。」

彼女の華奢な肩のラインが月明かりに照らし出されて、暗がりに浮かぶ白いカーデガンが、かえって寒そうな印象を与えた。

「でもさ・・・。」
南部はユキと並んで歩き始めた。
街の外れの通りは、人通りもなく、ただ街灯の明かりだけが道標のようにポツポツと一本道を照らしている。
「今日、本当に、友達の家に泊めてもらうって言って出てきたの?」

「さあ、どうかしら。」

ユキは、歩きながら南部を横目でチラリと見上げた。
そして、すぐに、観念しました、とでも言うように肩をすくめた。

「皆と別れてすぐに、ママに電話したの。だって、みんな、きっと一晩中、飲み明かすつもりなんでしょ。なんだか、羨ましくって。」
そして、前を向いて目を伏せた。
「そしたら急に帰りたくなくなっちゃって。ママに嘘ついちゃった・・・。」

ユキは、小さなため息をついた。

「仕方ないから、今晩泊めてくれるお友達でも探そうかと思ってた所に、南部さんが来てくれたから・・・。つい、英雄の丘に行きたいなんてわがまま言っちゃった。」

ユキは、ごめんなさい、と舌をだした。
その少女のような仕草とは裏腹に、彼女の表情には陰がさしている。

いつの間に、こんな憂いた顔をするようになったのか・・・。


南部は、野暮な質問をしたことを悔やんだ。


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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑪

英雄の丘から見下ろす街の灯りが、湾の形に弧を描いて白く輝いている。
ようやく着いた丘の上から見下ろす東京の街は、冷たい夜風にキラキラと揺れて美しかった。
復興途上にある街の周囲には、まだその何倍、何十倍もの面積の未開発地区を残している。しかし、視界の中央で輝く街の光は、その周囲に広がる暗闇の中に呑み込まれることなく、輝きを保っていた。

それはまさに、人類の希望の象徴だった。


ユキは少し上気した顔で、その光の集まりを見つめていた。
南部も、彼女と並んで立っている。

「東京の夜景なんて、今まで見ることも無かったわ。」
「そうだね。」

ユキの言うとおり、地下に閉じ込められていた生活の中では、東京に限らず、夜景を眺めるなんて事はありえなかった。地下都市にも朝と夜はあったが、貴重な燃料を節約するために、夜間の電力供給は、ごく限られたものだった。それよりも、昼間の明るさを確保するのが重要だったのだ。

暗い夜の向こう側から、ほのかに薫るのは、丘の上の公園を囲むように再生された森の木々の匂いだろうか。
それとも、海の上を渡ってくる、風の香りなのだろうか。

南部は、大きく深呼吸をした。
「何の匂いだろう?」
するとユキは、ちょっと考えてから答えた。
「若葉の香りじゃない?」

そして風は、ユキの長い髪を揺らした。
その、風に乱れた髪をさりげなく右手でたくしあげた時、彼女の白い胸元に、何か光るものが見えた。

「それ・・・。」

南部の視線にユキも気付いたようだった。

「ああ。これ・・・。」
そして、ブラウスの中から、小さな光の元を引っ張りだして見せた。
「かわいいでしょ。」

それは、銀色に光る小さなペンダントだった。
暗がりではっきりとは見えないが、星の形をしているように見えた。

ユキが何を言わなくても、それを見れば、そのペンダントがどういう類のものかは、すぐにわかった。

「それ、もしかして古代から?」

ユキは、それには何も答えず、ただ、にっこりと微笑んだ。

「あいつもバカだなあ。いくら、外周艦隊所属だからって、ユキさんを何ヵ月も放ったらかしにするような事するなんてさ。あいつが望めば、地上勤務だって可能なのに。」

それでも、ユキはただ微笑むだけだった。


南部は、その笑顔が息苦しくて、彼女から目をそらすと、建設中の丘の真ん中を振り返った。
イスカンダルへの航海で命を落とした乗組員の慰霊碑が作られているとは聞いていた。
ほとんど完成しているようだが、中央の銅像らしき大きな塊には、まだ白い布が巻き付けられていた。

南部は吸い寄せられるように、その台座に歩み寄った。
ユキも、つられるようについてくる。

若葉の香りに混ざって、微かに甘い香りがした。

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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑫

「本当に、帰らなくていいの?」

気がつけば、月が西に傾きかけている。右肩の欠けた月は、まるで覗き込むように二人の横顔を照らしていた。

「帰りたくても、もう、エアカーも走ってないわ。」
「明日、仕事じゃないの?」
「お休みいただいてるの。」

ユキは、南部を見上げて笑った。
彼女の意外な用意周到さに、南部も苦笑した。

白布にくるまれた銅像の台座の前で、二人は地べたに並んで腰をおろして、夜風にそよぐ木々のざわめきに身をまかせていた。

「南部さんこそ、良かったの?」
「俺の親は、慣れっこだよ。だいたい、家を飛び出したっきり、何年も帰らなかったような放蕩息子だからね。今さら、一晩帰らなかったくらい、どうってことないさ。」

南部は、少し投げやりに笑ってみせた。

本当は、ユキを送り届けたら、みんなと合流する前に家に電話を入れるつもりだった。しかし、行き掛かり上、電話をするタイミングを失ってしまったのだ。
無断で外泊することに、後ろめたさが無いわけではなかったが、ユキの前で、自宅に連絡するのは何となく気がひけた。
それを、見栄と言うのかもしれない。


しかし、ユキは、予想に反して、困ったような顔をした。

「あの、そうじゃなくって・・・。」
「・・・?」
「私が言ってるのは、島くん達の方よ。」

―ああ…。
そうだ。ユキを送り届けたら、後で合流すると言って別れたんだった。
─あいつら、怒ってるかな・・・。
南部は曖昧に笑うしかなかった。

「私ね、最近、ここに良く来るのよ。」
「へえ、そうなの?」
「私も、さっき、相原君が言ってた事、何となくわかるような気がするの。」

ユキはそう言って、空を仰いだ。

「この半年余りの間に、世界はすっかり変わってしまったわ。」
「そうだね。」
南部も、複雑な表情を見せた。
自分たちを取り巻く環境の激変に戸惑っているのは、南部も同じだ。

「でも、俺たちの望んだとおり、地球はギリギリのところで救われたんだ。」
「ええ、そうよ。スターシアさんが言ったように、私たちは、自分たちの力で明日の幸せを勝ち取ったの。」

でも・・・、とユキは口ごもった。

「今、地球は甦ろうとしている。それなのに私の心は、あの戦いの日々にとらわれ続けている・・・。」

南部は、俺も・・・、と言いかけて止めた。
この心の葛藤は、とても言葉には言い表せない。言葉にしてしまうと、とたんに安っぽくなってしまうような気がした。

「私には、戦いの記憶しかないの。嬉しい事も悲しい事も、全部その中にあるのよ。」
「俺たちは、みんなそうさ。」
「本当は、全部忘れてしまいたい。でも、忘れられないの。あの厳しい戦いの毎日を、私は忘れる事が出来ない。
気がつくと周りはどんどん新しく生まれ変わっている。まるで、自分だけが、取り残されていくようで辛いわ。」

「そうだね・・・。」

南部も気が付いていた。
どんなに、どんなに家族の温もりに包まれても、どんなに穏やかな日常に身を置いても、自分の心の奥のずっと深いところには、どうしても癒されないものがあることに。


「南部さんは、なぜ、防衛軍に残ったの?」

ユキは、南部を真っすぐに見つめている。

その時、彼女の長い髪が風に揺れて、首筋の細いチェーンが、月明かりに光ったような気がした。


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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑬

「さあ・・・。なんでかな・・・。」

ユキの問いに南部は答えられなかった。

―防衛軍に残った理由か・・・。

もちろん、理由はいくつかある。復興途上の地球のために尽くしたいし、そのために自分が出来ることをしたかった。

しかし、それだけではない。

もしかしたら、あの凄惨な戦いの記憶に心を苛まれながらも、その中にしか生きる目的を見出だせないのかもしれない。
未だにこの新しい地球に馴染めないでいる事の証なのかもしれなかった。

「他に思い付かなかったから。俺は、他に、生きる方法を知らないんだ。」

南部の言葉が、暗い丘の上に響いた。
自分でもはっきりとわからない事を、他人に説明できるわけもない。かと言って、適当にその場かぎりの嘘をつけるほど、いい加減な人間ではなかった。
出来れば、この一言で、この話題は終わりにしたかった。


「そうなの。」

ユキは、ふふっと笑って空を仰いだ。

「同じ事を言うのね。あなたも…。」

南部はそんなユキの横顔を黙ってみつめていた。
白い首筋に小さな星が、キラキラしている。丘の上に吹き上げる風がその輝きを僅かに揺らしていた。

「古代も、そんな風に言ったの?他に生きる方法を知らないって?」
「ええ。それから、こうも言ったわ。『宇宙に出てる方が性に合ってるんだ』って。」

―はっ!バカ言ってるよ!

ユキの言葉を聞いて、南部は心の中で吐き捨てた。

―あれほど求めた家族の愛じゃなかったのか。やっと、帰れる場所が出来たっていうのに。大切な人をほったらかしにして、何が宇宙だよ。


南部はユキの寂しそうな横顔を見ながら、古代の困った顔も思い浮かべてみた。
そして、南部はため息をついて、心にもない事を口走っていた。

「わかるよ。なんとなく・・・。古代の気持ち。」

―わかるもんか!あのバカの気持ちなんか!

南部の胸の奥では、相反する2つの感情が渦巻いている。
本当は、わからないわけでもない。南部も、現に、艦隊勤務を希望して宇宙に出ている。大切な家族を残して・・・。
様々な葛藤を一先ず乗り越えて、家族の元に帰ってみたものの、南部も古代同様、どういうわけか宇宙から離れられないのだ。

しかし、ユキの寂しそうな顔を見せられると、自分の事は棚に上げて、無性に腹がたつ。


―ああ・・・。駄目だ。

南部は頭を振って立ち上がった。
そのスラリとした背中を、丘の上の白布の像が見下ろしている。

「やっぱり、帰ろう・・・。送るよ。」

南部の諦めたような後ろ姿を、ユキは慌てて追いかけた。


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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑭

二人は丘を下りて、もと来た道を戻って行った。市街地に続く一本道の先には、明るい街の灯りが見える。
黙って歩く南部の後を、ユキは言葉もなく歩いている。
彼女は、先程までとはうって変わって、不機嫌な表情の南部に困惑していた。

「ねえ…。南部さん?」

遠慮がちに声をかける彼女を、南部はチラリと振り替えって一瞥して、口元だけで微笑んだ。
無理に作った笑顔はすぐにわかる。
南部の横顔に浮かんでいたのは、いつもの穏やかな微笑みではなかった。

ユキは内心、困っていた。
今さら家に帰る気にもならないし、それに、そんなことをしたらかえって親に不審がられるではないか。
ちょっとした思い付きの嘘が、ユキの心を縛っていた。
それに、どうして南部が急に機嫌の悪そうな顔をするのかが、ユキにはわからない。

―疲れているのかしら…?

いや、そうではない、とすぐに打ち消した。南部の歩調は常に一定のリズムを刻んでいる。それも、来たときよりも、むしろ速いのだ。力強く歩き続ける彼の背中からは、疲れたような雰囲気は感じられなかった。
では何故…?
しかし、いくら考えても、思い当たることはない。

ユキは、まるで知らない人を見るように南部を見上げた。

「あの・・・。」

南部は、背後から聞こえる遠慮がちな囁きに、とうとう観念して足を止めると、静かに振り返った。

「なに…?」
「いえ、その…。」
南部は相変わらず、口元だけで無理に笑顔を作ろうとしている。

「あのね。もうエアカーも走ってないのよ。」
南部の真意はわからないが、ユキは仕方ないので、思いきって本当の事を打ち明けた。
「それに、今さら帰れないわよ。お友達のお家に泊めてもらうって言ってるのに、ママに嘘がバレちゃうじゃない。」

―ははっ。そうだよな。


南部はようやく、表情を緩めた。

「そうだね。」

意外にも、途方に暮れているのは、南部の方だった。

この心のざわつきをどうする事も出来ない。
本当は、どうしようもない鬱憤に窒息してしまいそうだ。
どうして、何もかも、自分の思い通りにはならないのだろうか。
ユキも、古代も、この街も。
そして、自分自身さえも、自分の思った通りには動けないでいる。


街の明かりは、もうすぐそこに近づいている。
周囲のざわめきが戻ってくるのと反比例するように、ユキの胸元で光っていた星の輝きは、光を失ってしまった。

─古代・・・。いま、何してる?

見上げた夜空は、街の明かりが反射して白くかすんでいる。

南部はズボンのポケットから携帯を取り出すと、音も立てずに操作した。
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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑮

―まったく…!

島は、面白くない。
久しぶりに再会した仲間たちと飲み明かそうと思っていたのに、この状態は一体何なんだ。

─クソっ。南部のヤツ。

南部とユキが行ってしまってから、残された3人は結局、相原の新築の宿舎に転がり込んでいた。
帰還後、母親と同居していた相原だったが、故郷北上の旅館を再開するめどが立って、母親が帰郷したのを機に、自分は防衛軍の宿舎で一人暮らしをする事にしたのだった。

まだ、新しい建物の臭いが充満するマンションの部屋は、こじんまりとしているが、男の一人暮らしには十分な空間だ。
キッチンとリビング、それに洋室がふた部屋続きである。
食器棚や、ソファ、テーブル、ベッドなど、ひと通りの生活必需品は備え付けられていた。


明らかに機嫌の悪い島を横目にチラリとみて、太田は笑っていた。
「まあ、そう怒るなよ。」
太田は、スルメを噛みながらビールを飲んでいる。
島も、泡の消えかかったビールを惰性であおっている。
二人は、まだ引っ越しの段ボールが山積みのキッチンで、テーブルを挟んで飲み続けていた。
不味い酒だった。

「何だよ、相原のヤツ。人が、せっかく久しぶりの再会を祝って、飲み明かそうと思って来てるのに。」
「まあ、こいつもお疲れなんだよ。実家の引っ越しと、自分のところの引っ越しと、両方だったんだから。」
太田は、島のイライラには知らん顔で、笑っている。
彼には、島が、単に相原の事だけで機嫌を損ねたのではない事もわかっていた。

─南部!この埋め合わせはしてもらうぞ。

太田は、一人、ニヤリと笑った。

そんな太田の後ろで、早々に酔いつぶれた相原は、リビングのソファに倒れ込んでいる。
島は、苦い顔で、新しいビールの缶を開けた。

すっかり夜は更けて、窓の外は静まり返っている。
ここは、防衛軍本部からも遠くない、市内中心部にありながら、街中の喧騒からは隔離されているかのような静けさだ。
都市計画のなせる業か、それとも、ここの完全な防音対策の効果かは定かではないが、とにかく、外の空間との遮断は、完全に成功しているようだった。

島は、この静かすぎる部屋に、違和感を感じた。
隣人との関わりはおろか、外の社会との繋がりさえもが薄れていくような気がした。

「静かな夜だな。」

島は窓の方に目を向けた。太田もつられて、振り返った。
開け放たれた高層階の窓越しに、傾きかけた月が見えた。
街の明かりが反射して白くふやけた夜空に、ぽっかりと浮かぶ月は、心許ない光を放っている。
島は、ソファーで寝息をたてる相原に視線を落とした。

「馬鹿だな・・・。あれほど帰りたかった地球に帰ってこれたのに、また宇宙に出るなんて。」
「それ、誰のこと?」
太田は、とぼけてスルメを噛んでいる。
「誰って・・・。」
黙り込んだ島に対して、太田は飄々と言葉を繋いだ。
「俺たち、みんなさあ、何で宇宙から離れられないんだろうな。」

そして、立ち上がって相原の傍までいくと、その辺りの荷物の中から、適当に上着を引っ張り出してきて、眠りこんだ彼の上に掛けてやった。
「地球に帰りたくて、宇宙遊泳までしたのにな。こいつも、来月から木星だったっけ?」
「ああ。確か、途中から、古代と合流して帰還する予定じゃなかったかな。」

相原も、任務のために、再び地球を離れる日が近づいているのだった。

「俺たち、馬鹿だな・・・。」

太田の乾いた呟きが部屋に響いた時、不意に、誰かの携帯の着信音が鳴り響いた。


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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑯

太田は、鳴り止まない携帯を探して辺りを見回した。
この着信音は自分のものではない。島も同様にキョロキョロしている。

「相原のか?」

太田は、寝込んだ相原をひっくり返して、ズボンのポケットから彼の携帯を引っ張り出した。
携帯の表示で相手を確認すると、ちょっと驚いたように、へぇっと声を上げて電話に出た。

「もしもし…?」

太田は島に目配せをしながら、一言二言喋って、ニヤリと笑いながら電話を切った。

「誰?」
「意外なヤツ。」

そして、太田はその辺りに散らかった、空き缶やつまみの袋を簡単にまとめると、引っ越しの段ボールを部屋の隅に押しやった。

「どうしたんだよ!?急に片付けだして。」
「お前もその辺のゴミを袋に入れろよ。『大切な』お客様がくるんだからさ。」
「はぁ!?」

わけがわからない島を尻目に、太田は手際よくリビングを片付けた。

「あっちの部屋は仕方ないか。肝心の部屋の主が酔い潰れてるんじゃあ、勝手に荷物を動かせないし。」
島は、リビングの隣の洋間を見た。奥のベッドの周りには、洋服のはみ出した段ボール箱やカバンが無造作に置いてある。
「なあ、太田。さっきの電話、誰なんだ?」
「さあね。だいたい想像つくだろ。」

島が太田のつれない返事にカチンときて、そこら辺のタオルやら何やらをバスルームの方へ投げつけたとき、玄関のチャイムが鳴った。

「ほいきた。」

太田は、怪訝な表情の島をまるで無視するかのように玄関の扉を開けて、客人を招き入れた。

そして、太田の後ろから、遠慮がちにキッチンを覗きこんだのは、ユキだった。
「ユキ・・・。」

先程、タオルを投げつけたままの姿勢で立ち尽くし、目を丸くして彼女をみつめる島は、予想外の展開に完全に混乱して、すっかり毒気を抜かれてしまった。

「あのね、エアカーが・・・。もう走ってなかったものだから・・・。」

ユキは、恥ずかしそうに笑った。

島は慌てて、部屋の入り口で所在無げに立つ彼女に声をかけた。
「あ、ああ。まあ、入れよ。」

彼女はいつものように、ちょっと首をかしげて微笑んでいる。
「ごめんなさいね。男同士の時間を邪魔しちゃって。」
「いいんだ。君なら男も女も関係ないさ。君は特別だからね。」

―俺、何言ってるんだ・・・!

しかし島のその言葉に、ようやく安心したユキは、少し悪戯っぽく笑った。

「特別って、どういう意味?つまり、私は女として意識してもらえないって事かしら?」

そう言いながら、酔い潰れて眠る相原の上着をかけ直してやると、まるで猫かウサギを撫でるように、その茶色がかった髪を撫でて笑った。

―君は何もわかっちゃいない・・・!

彼女の何気ない仕草の一つ一つが、島の酔った頭を締め付ける。
その無邪気な横顔の美しさに、島は思わず息をのんだ。

その時、背後から声がした。
「遅くなってごめん・・・。」

島は、もう一人、自分の心も知らず、バツの悪そうな顔の男が居ることに気が付いた。

部屋の入り口でニヤケる太田の後ろには、南部が立っていた。


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2017.03/01(Wed)

若葉の季節 ⑰

―俺たち、馬鹿だよな…。

太田は、ユキの笑顔と島のぎこちない表情を見比べながら、欠伸をした。
既に、時間は深夜を回り、朝方が近くなっていた。
買ってきたビールを飲み尽くして、キッチンの宴会は終わりが近くなっている。

太田はキッチンの二人に笑顔を残して立ち上がると、窓辺の男に声をかけた。
「南部。なに見てるんだよ。」

呼ばれた南部は、ちょっと振り返って口元に笑みを浮かべている。
この男の無言の笑みは、本当は心から笑っているわけではない事を、太田はこれまでの付き合いの中で学習していた。
南部と並んで立つと、彼の背の高さを改めて感じた。
「どうかしたのか?」
太田は、背後の島とユキにチラリと視線を送りながら、南部に目配せした。
暗に、二人の事が気になってるんじゃないか、と言いたそうな太田の態度に南部は苦笑した。

確かに、この胸のわだかまりの原因はユキなのかもしれない。
おそらく、島の心のうちも、なかなか穏やかではないのだろう。
そんな事も知らず、ユキは結局のところ、古代の話ばかりしているのだから、笑えるじゃないか。
わかっていた事はいえ、人の心はなかなかに複雑だ。
自分は、一体何を期待していたのだろう・・・。
いや、何も期待してはいない。
それなのに、どういうわけか、胸の奥がジクジクと痛むのだ。

「いや、別に。」
そして、窓の外に浮かぶ月に目をやった。
「ただ、もうすぐ朝なんだなって思って。」

彼の言うとおり、月はすっかり西の空に傾き、その輝きもはかなげに白んでいる。
まだ空は暗いが、明らかに、真夜中の空の黒ではなくなっていた。

「今日は、もう帰って寝るだけか?」
と、南部は訊いた。
太田は、当然だろ、と言わんばかりに肩をすくめて笑って見せた。
「俺も。」
南部も眠たそうに笑った。


二人の背後では、殆ど眠りかけの姫の傍で、王子の親友が寝ずの番をしている、と言った体で、ユキの夜も終わりかけていた。
「おいおい。寝ちゃマズいだろ。」
太田のつぶやきも、結局姫の耳には届かなかったようだ。

まるで、魔法でもかかったように、ユキは静かに眠りに落ちた。

「さあ、これから、どうする?」
太田の一言を合図に、みんなの夜も終わりを告げた。

もう一時間もすればエアカーも走り始めるだろうが、この眠りこんだ姫をどうしたものか・・・。

すると、太田は嬉しそうにとんでもない事を提案した。

「このまま、置いて帰ろう。」
「はあ?」
島も南部も顔を見合わせて声を上げた。

「いいじゃないか。起こすものかわいそうだし、それにどうせ抱えちゃ帰れないんだから。」
「そりゃ、そうだけど・・・。」
島は、及び腰だ。
「それに、ちょっと面白いじゃないか。何も知らない相原が起きたら、どんな顔をするか。」
そして、一人だけ何も知らず、幸せそうに眠りこんだバツだ、と言った。

その太田のニヤケた顔に、南部は思わず噴き出した。
「それ、面白いじゃん。」

「でも、ユキも仕事があるんじゃないのか?起こしてやらないと、可哀想だよ。」
まだ踏ん切りのつかない島に南部は答えた。
「大丈夫さ。今日は休暇を取ってるって言ってたから。」

これで決まった。

二人の悪童に引きずられる格好で、島もしぶしぶ承諾して、三人はそっとユキを相原の真新しいベッドに運ぶと、自分たちは、もうひとつ奥の洋間に隠れた。
もちろん、彼らの眠気もピークに達しているため、あまり長くは待てない。
そこで、太田が、ソファの相原を覚醒ギリギリのところまで起こしにかかって・・・。


その後、相原の予想通りの大騒ぎに大笑いしながら、三人は寝ぼけ眼のユキに別れを告げて部屋を出た。

もうすぐ、朝日は昇る。
美しい地球の朝に、大あくびの男たちはそれぞれの帰路についた。


fin


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