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2016.11/13(Sun)

秘密 ①

晶子は今日も一人、窓辺の椅子に座って、窓の外を見ていた。

東京郊外の高台にある自宅のリビングからは、東京湾が一望できる。
晶子は、子供のころから、この窓の外に広がる、海の風景が好きだった。ガミラスの遊星爆弾から逃れて、地下都市に避難していた数年を除き、晶子の生活には、いつも、この海の風景があった。

しかし、今、晶子が見ているのは、空・・・。
そして、想うのは、その向こうに広がっているであろう、宇宙のこと。
あの人のことだった。

「晶子。・・・・・・晶子!」
晶子は、ハッとして振り返った。
「お母様。」
「何度呼んでも返事もしないんだから。」
母親は、大げさにため息をついてみせた。
「ごめんなさい。ちょっと、ぼんやりしてて。」
晶子は、目を伏せた。

まさか、あの人のことが気になって・・・なんて、本当のことを打ち明けるわけにはいかなかった.。母は、理解のある人だが、いくらなんでも、自分の初恋を打ち明ける気にはなれなかった。
しかも、その相手が、地球防衛軍の人だなんて。いつ、地球に帰ってくるかもわからないんです、なんて。
おまけに、晶子の父親は、軍のことをあまり快く思ってはいない。祖父に反発して、文学の道を志したと聞いている。その祖父は、地球防衛軍の長官にまで、上り詰めたというのに。晶子から見ると、父と祖父は、まったく交わらない、別々の道を歩んでいるように見えた。

「近ごろ、あなた変よ。なんだか、ぼんやりしてる時間が増えたみたい。食欲もないみたいだし、どこか体の具合でも悪いんじゃないの?」
母親は、心配そうに、晶子の顔を覗き込んだ。
「いいえ。大丈夫よ。最近、あんまり暑いものだから、ちょっと、寝苦しくて。」
「そう・・・。本当に、近頃、おかしな気候ですものね。」

11月だというのに、照りつける太陽の陽射しは、まるで真夏のようだった。

─地球規模での異常気象

マスコミや研究者たちが、そろそろ騒ぎ始めていた。
晶子は、その理由を知っている。そのために、ヤマトが極秘のうちに発進したことも知っている。しかし、そのことは決して口に出してはならない。それが、祖父との約束だった。

「それより。晶子。今日の予定はどうなってるの?」
「今日の予定?」
「ええ。さっきおじい様からお電話があって、よかったら久しぶりに晶子と食事でもって。」
「まあ!」
晶子の表情が一瞬でパッと明るくなった。
「今日は、ゼミもお休みだから、おじい様のご都合に合わせるわ。」
「そう。じゃあ、そのように、お伝えしましょうね。」

そして、母親は、意味ありげに微笑んだ。
「本当におじい様の事が好きなのね・・・。まったく、現金な子なんだから。」

─おじい様にきいてみよう。ヤマトのこと・・・。

晶子は、浮き立つ心を抑えられなかった。
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11:29  |  宇宙戦艦ヤマトⅢのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

秘密 ②

音もなく坂道を下っていく車の中で、晶子は、期待と不安のせめぎ合いに息苦しさを感じていた。
落ち着いて考えてみると、どうして、今日、食事に誘われたのかわからない。

─いつもお忙しいおじい様・・・。最近は、防衛軍の宿舎に泊まりっぱなしで、家にも帰っていらっしゃらないし・・・。特に、今は、私と食事なんかして下さる時間もないはずなのに。

「お嬢様。こちらでよろしいのですか?」
晶子が外出するときは、必ず、彼が運転手だ。幼いころから、晶子の家で運転手として働いていた。年は、もう50くらい、がっちりとした体格で、白髪混じりの頭が温和な印象の男だった。

「ええ。おじい様にお会いする前に、寄って欲しいところがあるの。」
待ち合わせたのは、防衛軍本部のロビー。しかし、晶子はその前に寄りたいところがあった。
車は、静かに、市街中心部に方向を変えた。

─多分、おじい様も気がついていらっしゃる。

自分のために、一時はヤマトを降りようとまで思いつめた人。
平九郎もその場に居合わせた。日本アルプスからの帰り道の平九郎の様子からすると、おそらくは、その騒動を、微笑ましくさえ感じているに違いない。
しかし、晶子が気になるのは、もしかして平九郎は、自分の気持にも気が付いているのではないかということ。つまり、相原が、ではなく、晶子が相原を好きなのだということに、気が付いているのではないか、ということだった。

南十字島での運命的な出会い・・・。
しかし、この出会いには、誰にも言えない秘密があった。



11:29  |  宇宙戦艦ヤマトⅢのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

秘密 ③

はじまりは、偶然だった。
半年前、暗黒星団帝国との戦いが終わり、本格的に地球の復興が始まったころだった。

その日、晶子は、防衛軍本部のロビーにいた。

晶子の通う大学では、3年生になると、将来の職業選択をにらんで、各種研修プログラムに参加することが義務付けられていた。
そこで晶子は、防衛軍での研修に参加することにした。
晶子にしてみれば、深い意味もなかった。幼いころから可愛がってくれる祖父の職場を見てみたい・・・そんな軽い気持ちだった。それに、良家の子女として蝶よ花よと、何不自由なく育てられた晶子だったが、成長するに従って、次第に、息苦しさを感じ始めていた。
─私はこれから、どうしたいのだろう・・・。
それまで、一度も逆らったことのなかった両親への、ささやかな抵抗だったのかも知れない。

晶子の想像通り、父は内心いい気はしなかったが、それでも、娘の意思を尊重するといって、表面上は快く、その研修に参加することを承諾してくれた。

しかし、実際は研修といっても、そこは学生相手のこと、しかも、軍の内部に入り込めるわけもなく、一通りの見学と、簡単な職務内容の説明と体験に終始した。

─こんなことなら、いっそ、おじい様にお願いして、中に入れてもらえばよかったわ。

晶子は、カフェテリアで友人たちと談笑しながら、こっそりため息をついた。
晶子の祖父が、地球防衛軍の長官であることは、公然の秘密だったが、さすがにそれを利用するのは気が引けた。それで、今回の研修のことも、平九郎には黙って参加したのだった。

「お話し中にごめんなさい。」
突然、声をかけられて、晶子がびっくりして振り返ると、防衛軍の制服に身を包んだ女性が、微笑んでいた。
「はい・・・?」
─どこかで、見たことのある人・・・。私、この人・・知ってるわ。
「藤堂晶子さんね。」
端正な顔にスラッとした立ち姿の美しいその女性は、秘書課の森雪、と名乗った。
晶子は慌てて立ち上がって頭を下げた。森雪と言えば、ヤマトの乗組員にして、古代進の恋人。防衛軍の華とうたわれた、憧れの人。周りの友人たちからも、アッと声が上がる。
「今日の研修はもう終わりかしら?」
「はい!あの・・・何か?」
「もし、よかったら、私と一緒に来て下さらない?」
そういうとユキは、ふふっと笑った。

晶子は友人たちに羨ましがられながら、ユキに連れられてカフェテリアを出た。
─いったい、何かしら?
廊下を曲がり、人目のないことを確認すると、ユキは立ち止まった。
「長官が、首を長くしてお待ちよ。」
「えっ。」
晶子は、状況が飲み込めず、ぽかんとした。
「軍の内部にプライバシーは無いわ。」
ユキにこう告げられて、ようやくこの事態を理解した。
「おじい様は、ご存じなのですね。内緒にしてたのに。」
「あなたの事が心配なのよ。それに、とてもかわいいのね。怒っちゃだめよ。」
ユキは、小首をかしげて、優しく微笑んだ。
そして、少し、厳しい顔つきになって晶子を見つめた。
「ここからは、本来、外部の人間は立ち入り禁止なの。私たちでも、高度なセキュリティーチェックをうけるわ。でも、今回は、長官のお気持ちと、あなたの研修生としての熱意を買って、特別に入室を許可します。」
晶子は、さっきまでと打って変わった、厳しい口調に気おされてしまった。自分とそう歳の変わらないこの華奢な女性から発せられるオーラに、一瞬で圧倒されてしまった。
「それと、ここで見聞きしたことは、他言無用よ。それだけは、約束して。これは、あなた自身を守ることでもあるの。」
晶子は、黙ってうなずいた。
─想像以上に厳しい世界・・・。
晶子は、扉のロックを解除するユキの背中を見ながら、自分の甘さを痛感していた。



11:30  |  宇宙戦艦ヤマトⅢのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

秘密 ④

扉の向こうは、まさに、別世界だった。
足早に通路を行きかう人々、インカムを首にかけて談笑する職員。絶え間なく響く電子音と、世界中から送られてくる映像が、洪水の如く画面上にあふれている。

晶子は、その特殊な緊張感に、圧倒されて、立ち尽くした。

─これが、おじい様のいることろ・・・。

晶子は、自分でもわからない感覚に、頭の芯がしびれるようだった。

「晶子さん。行きましょうか。」
ユキに促されて、管制室の傍を離れようとしたとき、一人の職員が声をかけてきた。

「ユキさん。」
「ああ、相原くん。」
「今日、仕事、定時で終われます?」
「ええ。大丈夫だと思うけど。」

それを聞いて、相原と呼ばれた職員は、嬉しそうに笑った。
「じゃあ。空けといて下さいね。」
「まあ。なあに?」
「昨日、南部と太田が火星基地から帰還したんですよ。それで、今日、ここに報告に来た帰りに、みんなでメシでも、ってことになって。島も合流すると思うんで、ユキさんも是非。」
「いいけど。そのメンバー、なんだか怖いわね。」
「えーっ。ひどいなあ。」

ユキは、大げさに肩をすくめる相原に、ちょっと困った顔をして見せた。
「あの、相原くん。いまちょっと、お客様をご案内する途中なんだけど。」

相原はびっくりして晶子の方を見た。晶子もあわてて、頭を下げた。
「あっ。すみません。気がつかなくて。」
そして、慌てて、走って行ってしまった。

晶子は、思わずクスっと笑ってしまった。
ここの空気にそぐわない人だと思った。
張りつめた糸を、僅かに揺らす風・・・そう、風のような人だ。

「彼、相原くんっていうの。仕事は超一流よ。でも、かわいい人でしょう?」

相原の後姿を見送る晶子に、ユキは悪戯っぽくささやいた。


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2016.11/13(Sun)

秘密 ⑤

そのあとのことは、よく覚えていない。
ユキに連れられて、平九郎と対面して、そして、どんな話をしたのか・・・。
慌てて走り去った、相原の恥ずかしそうな顔ばかり思い出されて、心ここにあらずだ。

そんな、孫娘の心の内を知ってか、知らずか・・・。
「晶子はここの仕事に興味があるのかな?」
「はい。おじい様。」
晶子はとっさに、口をついて出た自分の言葉に、驚いた。
そして、勢いに任せて言葉をつづけた。
「私、こんな緊張感は、初めて。今まで、私の生活の中にはなかった世界だわ。それに、地球のために働いていらっしゃるなんて、素晴らしと思う。私も、卒業したら、ここで働きたい。」

言ってしまった事は、なかったことにできない。
平九郎が、予期せぬ返答に面食らっている。晶子は、この場を納める術を知らなかった。
一瞬の、気まずい空気・・・。

「失礼します。」
ユキだ。
「長官。そろそろ、ご準備なさってください。定例会のお時間です。」

平九郎は、晶子に、その話はまた、と話を濁して席を立った。
晶子にしても、とっさに出た言葉が、こんな衝撃を与えるとは思ってもいなかったので、ユキの出現に救われたような気がした。

「晶子さん。」
ユキは、平九郎が出て行ったのを確認してから、話しかけた。
「長官は、あなたがかわいいのね。多分、あなたには、辛い思いはさせたくないのよ。」
「ユキさん?」
「ごめんなさいね。さっきも言ったけど、本部内に、プライベートは無いのよ。ここでの会話は、秘書室に筒抜け。」
晶子は、二の句がつげなかった。
「いいタイミングだったでしょう?あれ以上話が」長引くと、あなたが聞かれたくない事まで、秘書室に流れそうだったから。」

─そうだったの。ユキさんは、話の成り行きを見守っていたんだ。何も知らない私が、余計な事をしゃべる前に、止めてくれたということね。

晶子は、もう、驚くのにも疲れてしまった。
黙ってうつむく晶子に、ユキは、優しく微笑んだ。
「さあ。行きましょう。これからのことは、ゆっくり考えるといいのよ。まだ、学生さんでしょう?卒業までに、ゆっくり、ね。」
ユキに連れられて部屋を出た。迷路のような通路を抜けて、正面のロビーにたどり着いた。

晶子は、丁寧に、今日の礼を言った。
本当は、相原のことを聞いてみたい。でも、晶子には、その勇気がなかった。
仕方なく、通り一遍のあいさつをして別れようとしたとき、ユキが、少し考えて、驚くようなことを言ったのだ。

「もし、よかったら、今日の食事会に一緒にいらっしゃらない?長官のこと、みんなには内緒にしててあげるから。私の知り合いっていうことで。」
「えっ・・・。」
「相原くんなら大丈夫。彼、きっとあなたの顔、覚えていないと思うわよ。」

ユキの真意がわからない。なぜ、そんな事を言うのだろう。
─なぜ、急に私を誘うの・・・?

「この次は、ないかも知れないのよ。」

ユキの声が真剣なので驚いて見つめた。
「私たち、そういう世界に生きてるの。いったん事が起これば、すべてを投げうって、宇宙に出ていく。
今は地上勤務だけど、相原くんだって例外じゃないわ。」
「えっ。」
思わず、声をあげた。
「やっぱり。」
ユキは、ため息混じりに苦笑いの顔だ。
「気になったでしょう?彼のこと。」
「そんな・・・。」
晶子は、すっかり見透かされて、恥ずかしさの余り、うつむいた。
「彼、ヤマトで通信長をしていたの。最初の航海からずっとね。今は、本部付きだけど、ヤマト出撃の際には、また最前線に送られるわ。私もね。それは、今日かもしれないし、明日かも知れない。」

ユキは、優しい、いたわりの表情で、黙ってうつむいている晶子を見つめた。
「今日はじめて出会って、好きかどうかなんて、わからないわよね。でも、もし、心に残ったのなら、行動しないとだめよ。特に、彼、自分からは行動しない人だから。」

ユキは、それ以上何も言わなかった。その代り、メールアドレスを教えてくれた。
「私のプライベートのアドレスだから、いつでも連絡して。防衛軍の仕事に興味があるのなら、そちらも何かの手助けになるかも知れないでしょう?」
そして、こう付け加えた。

「このアドレスに関しては、完全に、秘密は守られるから、安心して。」


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2016.11/13(Sun)

秘密 ⑥

こうして、ユキとの密やかな交流が始まった。
しばらくは、お互い遠慮がちだったメールの内容も、次第に、打ち解けたものへと変わっていった。

ユキは、忙しい合間をぬって、まめに返事をくれた。
やり取りの大半は、ありふれた女の子の会話・・・。もしかしたら、ユキもこんな他愛のないメール交換を、誰かと楽しみたかったのかも知れない。

晶子にしてみれば、ふだん知る事もない、防衛軍本部職員の日常に触れる、貴重な機会だったし、折にふれ、さりげなく知らせてくれる相原の様子にも、心が躍った。

しかし、こんな少女のようなささやかな喜びも長くは続かなかった。

結局、それが最後になってしまったユキからのメールには、今回の緊急招集の件、そして、極秘裏にヤマトが発進する事が手短に記されていた。
『明日、正式に辞令がおります。軍の任務で、南十字島の管制センターにいる相原くんにも、明日の朝一で辞令が下りるはずです。一旦、島を離れてしまったら、ヤマト着任まで、もう彼の行動を把握することはできません。』
そして、こう続けられていた。
『ヤマト着任後は、会うことも叶わないでしょう。帰還の目処も立っていません。晶子さんに、まだ彼を想う気持ちがあるのなら・・・。これが最後のチャンスだと思って・・・。』

メールの最後に記された、南十字島のホテルの住所を見ながら、晶子は、一瞬、気が遠くなるような気がした。
自室の窓から見える午後の海は、次第に霞んで色を失っていく。
押し寄せる後悔の念・・・。

─『次はないかも知れないのよ。』

初めて出会ったあの日に、ユキに言われた言葉が、にわかに現実味を帯びてくる。

─嫌・・・!

晶子は、素早く身支度を整えると、鞄一つ抱えて家を出た。

     ◆     ◆     ◆

─会ってどうするというのだろう・・・。

晶子は、空港に向かう車の中でふと思った。

─何と言って声を掛けたらいいのかしら・・・。

自分の浅ましい思慕を、彼は軽はずみだと笑うだろうか。
しかし、晶子は、すぐに思い直した。

─そんなこと、どうでもいいわ。ただ、会いたいのよ。

晶子は、自分の中に潜んでいた激情に、軽い目眩を覚えた。

「お嬢様。よろしいのですか?黙ってお出かけになっても・・・?」

運転手の穏やかな声が、晶子の意識を引き戻した。

「ええ。」
そして、晶子は、はっきりと告げた。

「お父様とお母様には、私は急用で出かけたと伝えて下さい。明日には戻りますから、詳しいことは、帰ってから説明します、と。」
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2016.11/13(Sun)

秘密 ⑦

11月にしては、暑すぎる毎日が続いていた。昼前の陽射しが、車の窓から差し込んでくると、汗ばむほどだ。太陽の異常は、早くも地上に影響を及ぼし始めていた。

晶子は、車の窓を半分ほど開けた。生ぬるい風が晶子の頬にあたって、髪を揺らした。
あの日・・・晶子が鞄一つで南十字島に飛んだ日。
二人の運命は動き始めたのだ。
晶子は、窓の外を流れる街を眺めながら、あの日のことを思い出していた。

  ◆     ◆     ◆

晶子が南十字島に着いたのは、ユキからのメールをもらった翌日の朝9時過ぎだった。
タクシーを拾って、教えられたホテルに急いだが、事はそう簡単には運ばない。

相原は、既にチェックアウトしていた。

晶子は、呆然とした。
最後の望みは絶たれたのだ。
もう、涙も出ない・・・。あとは、いつとも知れない帰還の日を待つしかないのだ。

晶子は、空港に戻らざるを得なかった。

疲れた足を引きずって空港のターミナルに入ると、床に落ちた小さな塊に気がついた。
─あらっ?
それは、小鳥の死骸だった。

晶子は、思わずそれを拾い上げた。
小さな骸は、硬く、冷たかった。
そして、今や、晶子の心もまた、硬直していた。
─これは、私・・・。私は所詮、籠の鳥。どうあがいてみても、どうせ、飛び立てやしないのよ。

その時、突然、どこか聞き覚えのある声に呼び止められた。

「どうかしたんですか?」

相原だった。

「あの・・・!」
あまりの事に、晶子は言葉を失った。
この人に会うためだけにここに来たというのに、いざ、本人を目の前にすると、何も言えなくなってしまった。

「可哀そうだから、どこかに埋めてあげたいんだけど、どこにも土がなくて・・・。」
しどろもどろになりながら、咄嗟に思いついたことを口にした。

「滑走路のわきならあるよ。行こう!」
そう言って、先に立って歩く相原の背中を見ながら、晶子はもどかしさに窒息してしまいそうだった。

─あなたに会いに来たんです。
どうしてもその一言が言えない。

晶子は黙って、小鳥の骸を埋めた。相原も何も言わず、それを見つめている。
晶子は、相原の視線を感じて息が止まりそうだった。自分でも訳のわからない感情が暴走して、ちょっとでも気を抜くと、涙がこぼれてしまいそうだ。

晶子は、傍にあった野菊を摘むと、必死に涙を堪えて立ち上がった。
そして、精一杯の笑顔で、一輪の野菊を差し出した。

「小鳥さんからのお礼よ。どうも、ありがとう。」

晶子は、走り去った。
こぼれる涙を見られたくは無かった。

しばらくして、ターミナルの向こうから飛び立つ軍用機が見えた。
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2016.11/13(Sun)

秘密 ⑧

南十字島から帰ってからは大騒ぎだった。
両親は、憔悴しきって帰宅した娘を、困惑しきった顔で迎えた。
当の娘は、『大切な知り合いにお別れを言いに行った』としか言わない。
その知り合いが誰なのか、なぜお別れを言いに行ったのか、詳しいことは何一つ明かさないのだ。
その上、ろくに食事もとらずに、部屋に閉じこもったきり、出てこない。
これまでの晶子からは、考えられない行動に、両親は、困り果ててしまった。

平九郎が、一週間ぶりに帰宅したのは、ちょうどそんな時だった。

平九郎は、息子夫婦から大まかな話を聞くと、晶子を呼んだ。
そして、何も知らない顔をして、これからしばらくは、宿舎に泊まりこむことになること、そして、大変な仕事が待っていることを、機密に触れない程度に話して聞かせた。
そして、ヤマトのこと・・・。ヤマトが近く発進する予定であることも・・・。

晶子は、コーヒーカップを手に俯いていたが、平九郎が、ヤマトの名前を出したとたん、弾かれたように顔をあげた。思いつめた顔だった。
「おじい様にお願いがあります。」
「何かね?」
「ヤマトに連れて行って下さい。」


     ◆     ◆     ◆


平九郎は、秘密の保持を条件に、晶子の願いを叶えてやることにした。
─私も、甘いな・・・。
実は、晶子が南十字島に行ったことを、平九郎は知っていた。
ホテル側から、相原を若い女性が訪ねてきたと、防衛軍本部に情報提供があったのだ。その若い女性の様子が、あまりにも不自然だったから、ホテル側が気をまわしたらしい。仮にも、相原は本部詰めの管制官。ヤマトの通信班長は、軍内部でもそれなりの地位にある。本部詰めの士官を、しかも、任地に尋ねる民間人となると、限られてくる。
監視カメラに映っていたのは、晶子に間違いなかった。

それにしても、いつ相原くんと?という疑問は残った。

晶子は、単独で相原の行動を知りえる立場にはない。ということは、内部に、協力者がいる。それが誰なのか・・・だいたい想像はついた。
─ユキか・・・。
平九郎は、ため息をついた。
─相原くんは、カヤの外かな。
結局、すれ違って出会えなかった状況からすると、彼は晶子の訪問を知らなかったと考えるのが、妥当だろう。
─困った子たちだ。

翌日の午後、複雑な表情の晶子を伴って、平九郎は日本アルプスのドックに向かった。
まさか、二人が、空港で偶然出会っていたとは、そのことが、騒動を引き起こしていたとは、さすがの平九郎も知らなかったのだが・・・。
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2016.11/13(Sun)

秘密 ⑨

緩やかなブレーキの反動で、晶子は現実に引き戻された。
車は、住宅街の一角にある小さな雑貨屋の前で止まった。

「少し待っててくださいね。買うものは決めてあるの。10分で戻ります。」

運転手は、にっこりと頷いた。

─カランカラン

こじんまりとした店内には、他に客はいなかった。品数は決して多くないが、洗練された小物類がスッキリと並べられている。人形、時計、ティーセット・・・どれもアンティークの、そこそこ値の張るものばかりだった。

晶子は目的の棚まで進むと、革の表紙の手帳を手に取った。薄茶の表紙の隅には、小さな花の模様が型押しされていた。
そしてもうひとつ、窓際に掛けられた小さなベルを選んだ。扉に掛けて使うのだろうか、ベルから下げられた2本の細い革ひもの先には、小さな蜻蛉玉が幾つか付いていて、開け放たれた窓から風が吹き込むたびにコロコロと揺れて、軽やかなベルの音が響くのだった。

─あの人の風を感じられるかしら・・・。

晶子は、寂しそうに微笑んだ。

     ◆     ◆     ◆

晶子が、本部のロビーに着いたのは13時少し前。平九郎は、15分ほどで現れた。
「待たせてすまないね。」
軍の制服を着た祖父は、少し疲れて見えた。
「いえ。おじい様こそお忙しいんでしょう?」
「まあ、忙しいことは忙しいが、たまに孫と食事をする時間ぐらいはあるよ。」
二人は連れ立って正面玄関を出ると、チューブカーに乗り込んだ。

「店は任せてくれるだろうね?」
「ええ。もちろん。」
平九郎と会うのは、日本アルプスのドックから帰って以来でだった。晶子は、内心、ヤマトのことを聞きたくてしょうがないのだが、なかなか、タイミングが掴めなかった。

「晶子に会うのは、あれ以来だね。」
「おじい様ったら、いくら忙しいからって、1か月以上も家に帰っていらっしゃらないんですもの。」
晶子は、小さな子供がするように、プイっと口を尖らせた。
「まあ。そう怒らないでくれ。色々あってね・・・。」
平九郎は、真面目になると、少し声を落とした。
「情勢は深刻さを増しているんだ。今度正式に、地球移民本部を立ち上げることになってね。私が、その本部長を兼任することになったのだよ。」
その言葉の重さに、晶子も事態の深刻さを感じ取った。
「大変なお仕事ね。」

祖父の顔に浮かぶ、苦悶の色。いつからこんなに深いしわが刻まれていたのだろうか。
晶子は、祖父の置かれた難しい立場を思いやった。
同時に、ヤマトの航海もまた、困難を極めているのだろうと悟った。

「おじい様。私にも何かお手伝いさせて下さらない?一生懸命頑張りますから。」

平九郎は驚いて晶子を見た。
可愛い孫娘は、瞬きもせず、まっすぐに自分を見返してくる。
─とうとう来たか・・・。
平九郎は、あの日、晶子が長官室で、将来は自分も軍の仕事がしたいと言ったときから、いつかこんな日が来るのではないかと覚悟はしていた。しかし、その日がこんな形で、こんなに早く訪れようとは、予想もしていなかった。そして、おそらくその理由は・・・。

─相原くんか・・・。

心の中でひそやかに広がる複雑な感情を押し殺して、平九郎は穏やかに微笑んだ。
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2016.11/13(Sun)

秘密 ⑩

「おじい様の、秘書にしてください。」
晶子は、必死だ。
ここに至って、平九郎は覚悟をきめなければならなかった。
「いいだろう。しかし・・・。」
言いかけて、やめた。

─知りたくない事まで、知ることになるぞ・・・。

そんな事は、今の晶子には何の意味もないだろう。

─向こう見ずな・・・。まあ、それも若者の特権か・・・。

「しかし、なあに?おじい様。」
「ああ。」
平九郎は、飲みこんだ言葉の代わりに、もう一つの心配事を口にした。
「お前の父親は、お前が私のそばで働くことを許してくれるかな?それに、大学はどうするんだ?」

息子が軍を嫌っているのは知っている。ましてや、掌中の珠の如く大事にしている一人娘のこと。反対するのは、わかりきっている。

「大学は休学します。お父様にも、ちゃんとお話するわ。」
そして、笑顔で言った。
「もし、それでもお父様が許して下さらなかったら、その時は、おじい様の宿舎に泊めて下さる?」

平九郎は、笑うしかなかった。
「ははは・・・。晶子にはかなわんよ。」

それにしても、と思う。
─どこがそんなに良いのかね。
平九郎は、かすかな嫉妬が頭をもたげてくるのを自覚した。

「そういえば、相原くんは、通信班だったな。」
「まあ、おじい様ったら!わたし、そんなつもりじゃ・・・。」

頬を染めてうつむく晶子の横顔が、まぶしかった。

─いつの間にか、こんなに大きくなって。わしも歳をとるはずだな
                               
チューブカーは、目的のレストランの近くで止まった 。    
    

晶子と連れだって昼下がりの街を歩きながら、平九郎は、ささやかな報復を思いついた。
可愛い孫娘の心をとらえて離さない、果報者への報復・・・。

これからしばらくの間、定時交信の時間には、相原くんには席を外してもらおうか。何か、口実を作って・・・。

祖父の心の内も知らず、あふれる笑みを向ける晶子を見て、平九郎の心はチクリと痛んだ。


しかし、この報復は、実行されることはなかった。
通信機の扱いで、彼の右に出るものはいなかったし、それに、そんな事をして、孫娘を泣かせるようなこともできない。
平九郎は、秘書として忙しく立ち働く晶子の姿が、ただ、まぶしくて、若い二人のこれからを思いやって見守る事しかできなかった。

fin
11:32  |  宇宙戦艦ヤマトⅢのお話  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ①

宇宙に長くいると時間の感覚が鈍くなる。
あたり前のように昇っては落ちる太陽の光が届かない漆黒の空間だ。ここには、朝も昼も夜もない。
それでは生体リズムが狂うので、ヤマト艦内には、艦内時間が設定されていた。
一日24時間、一応、夜間の時間帯は照明を落とした上で、夜間専用の照明をつけるという念の入れようだ。
しかし、これも、戦闘のない、通常の航海時に限られるのだが・・・。

南部は夜間照明の灯りの下、居住区の長い通路を古代と二人で歩いていた。
二人は、目も合わさず、言葉も交わさず、目的の部屋を目指している。
南部は、部屋の鍵をマスターキーで開けると、照明の落とされた部屋の明かりを手探りでつけた。

部屋の中には、二段ベッドと二つのデスク。
二人用にしては狭い部屋・・・。
突然、主を亡くしたその部屋は、まるで、今日の日を予期していたかのように片付いていた。

「根本・・・。杉山・・・。」

古代は、無表情なまま、ぽつりと二人の名前を呼んだ。
この間の、冥王星基地の破壊工作に参加して、帰らぬ人となった戦友たちは、同室の2人だった。

ベッドを片づけ、デスクの中身を鞄に詰める・・・。
この単純な作業が辛い。つい、昨日まで、ここに息づいていた二人の臭いが浸み込んでいる。

南部も、古代も一言も発せず、小一時間ほどで作業を終えた。
ただ、二人の顔は、悔しさとも悲しさともわからない涙で濡れていた。


     ◆     ◆     ◆

翌日、艦長の配慮により、乗組員全員の地球との最後の交信が許された。
ささやかな、フェアウェルパーティーが催され、みな、今日ばかりは戦いを忘れて楽しんでいる。
交信室の前には、長い列ができていた。

家族の写真を手に手に、賑やかな通路のわきを抜けようとしたとき、南部はユキに呼び止められた。
「南部さん。まだでしょう?」
ユキは、南部も当然交信すると思っているのだろう。
「ああ・・・。また後にするよ。これだけ並んでちゃ、いつになるかわからないだろう?」
南部は、出来るだけ自然に、ごまかした。
「でも、南部さん。できるだけ早く済ませて下さいね。交信の状態は時間ごとに悪くなっているのよ。」
「了解。」
南部は、ユキの手前、本当のことが言えなくて、口先だけで適当に返事をすると、足早にその場を離れた。

しかし、今日ばかりは行くところがない。
この華やいだ雰囲気の中、南部は身の置き所がなかった。
かといって、用事もないのに第一艦橋に戻れば、事情を知らない徳川さんあたりに急かされて、また交信室にいくふりをしなければならなくなる。
考えるのも、億劫だった。

南部は、仕方なく居住区に向かった。
自室で、音楽でも聞いて時間をつぶそうか・・・。
居住区に近い通路で古代に会ったのは、ちょうどそんな時だった。

「おう。南部。お前こんなところで何してるんだ?」
それはこっちのセリフだと、南部も苦笑いだ。

二人は連れ立って、居住区の談話室でコーヒーでも飲むことにした。
古代は、南部の『事情』を知る、数少ない友人の一人だった。

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2016.11/13(Sun)

さよならをするために ②

「ふうん。それで、一人でぶらぶらしてたわけだ。」

古代は、南部を一瞥すると、談話室のソファに深く座って、熱い紅茶をすすった。
南部も古代の横に座ると、温かいカップを両手で包んで、そっとコーヒーに口をつけた。古代よりも一回り大きな背中を丸めてコーヒーをすするたびに、眼鏡がうっすらと曇っている。

「なあ、南部。」
古代は手元の紅茶に視線を落としたまま、呟いた。
「地球と交信して来いよ。」
南部は、黙って友人の横顔を見た。淋しそうな顔だった。

「その必要はないよ。」
南部は、抑揚のない声で反論した。
「俺は、自分から家を出たんだ。南部の家とは、もうとっくに縁を切ってる。」

「ふうん。まあ、お前がそれでいいんなら、俺はいいけどね。」

古代が、こんな言い方をするときは、きまって何か言いたいことがある時だ。
何年も寝食を共にしたきた古代の言いたいこともだいたい見当はついた。

南部は、ため息をついた。
「何だよ。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ。」

しかし、古代は俯いたまま、何も言わない。
それっきり黙って、冷めかけの紅茶をちびちびすすっている。

南部はそんな古代の態度に、なぜか無性に腹がたった。そして、一瞬の激情が噴き出した。
「古代、何だよ。何で言わないんだよ!ハッキリ言えよ!」
                                                    
古代は、一瞬驚いて目を丸くしたが、すぐに先程までのポーカーフェイスに戻った。
「お前が、実家の家業を嫌うのは、わかる気がするけどさ。そりゃ、殺し合いの道具を売った金でいい暮らしなんかしたくないよな。」
古代は、南部をまっすぐに見た。
「じゃあ、何で、お前はここにいるんだ。何で銃を持って戦ってる?」
南部は、言葉もなく古代を見つめた。
「俺たちは、南部重工業の技術を結集して作り上げた艦に乗って、南部重工業製の武器を手に戦ってるんだ。それも、否定のしようのない現実だよ。」

古代の言葉は、南部の胸をえぐった。
15:13  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ③

並んで座っている二人の間には、重苦しい沈黙が流れた。
古代は、また、元のだんまりに戻った。

その時、一瞬、談話室の明かりが消え、すぐにまた灯った。
ヤマトの夜が、始まる合図だ。

「もう、こんな時間なんだな・・・。」
南部は、ぼんやりと天井の明りを見上げた。
その言葉につられるように、古代も天井を見上げた。
「南部・・・。ごめん。俺、嫌なことを言ったよな。」
「いや。いいんだ。本当のことだから。」
南部は、天井を見上げたまま、長く息を吐き出した。

「古代は、何で戦うんだ?地球のためか?」
「いや。」
古代は、すっと立ち上がった。
「ただ、ガミラスが憎い。それだけさ。」
視線を落として立つ古代の表情は、髪に隠れてよく見えなかったが、その声は、普段の古代からは想像もつかないほど、小さく、消え入りそうな声だった。

「俺は、何不自由なく育った。優しい両親、穏やかな家庭。欲しいものは、何でも与えてくれる。だが、俺は知ってしまった。俺たち家族の平穏な生活は、多くの人間の血の上に成り立っていたんだって。親父はそれを、ビジネスだと言った。需要があるから、供給するんだと。」

古代は、ソファの前に突っ立ったまま、振り返りもせずに、南部の告白を聞いている。

「そして、言ったんだ。戦争と平和は表裏一体だ。平和の裏には、常に戦いがあるんだって。」

そして、南部は苦しそうに、吐き出すように言った。
「それなのに、ガミラスとの戦いが激しくなってくると、自分たちは、一番に地下都市に避難した。平和をもたらすために武器の供給はするが、その戦いは他人に任せるってことさ。」

南部は、手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置くと、両手を膝の上で、ギュッと握りしめた。
「それなら、俺は戦ってやる。実際に自分で戦ってやるって。それで、家を出た。宇宙戦士訓練学校に入学すれば、住むところはあるし、食事も付いてる。おまけに、成績優秀者は、奨学金を受けることだってできる。」

「そうか。」
古代は、飲み終えた紅茶のカップを奥のカウンターに片づけた。
「まあ、理由はどうあれ、俺たちに残された道はほかにないってことさ。この戦いに勝って、イスカンダルにたどりつかない限り、この先、次には進めないんだ。俺も、お前も。」

古代の言葉に不思議な力を感じる。

「俺は、行くところがあるから。じゃ、また後で。」
古代はそう言って談話室を出ようとして、ふと立ち止まった。
「そういえば、真田さんが言ってたんだけど、ヤマトの装甲、発進の2週間くらい前になって急に強度を増す処理をしたって。南部重工側の申し入れだそうだ。おかげで、当初の予定の1.5倍の強度だって、真田さん喜んでたぞ。」
「・・・?」
「2週間前っていったら、俺たちの乗艦が決まったころだよな。」

南部は、息をのんだ。
─まさか・・・!

「どうせ、何も言わずヤマトに乗ったんだろう?別れの挨拶くらい、してくるもんだ。」
「古代…!」
「俺たちには明日はないかも知れないんだ。それに、明日がないのは、地球も同じだろ。お互い、いつどうなるかわからないんだ。生きてるうちに、さよなら、くらい言っとけよ。」
「古代・・・。」

「南部。お前の親は生きてるじゃないか。どんなに憎くても生きてるじゃないか。」
「古代・・・。」
「地球との交信は済ませとけよ。これは班長命令だ。」

古代は、淋しそうに笑った。


15:17  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ④

「ああ、南部さん。よかった。あんまり遅いから、今呼びに行こうと思ってたところよ。」
交信室の前まで行くと、ユキが笑顔で近づいてきた。
「ごめん。ちょっと、他で用事があったもんだから。」
南部は、適当に言い訳した。
「後は、古代くんだけね。」
乗組員名簿を片手に、ユキはため息をついた。
─古代は、来ないよ・・・。森さん、古代のこと、知らないのかな・・・?

南部も、ユキに気付かれないように、そっとため息をついた。

─本当は、俺も来るつもりなんて、なかったんだ。でも、古代にあんな風に言われると・・・。

交信室の前に長く延びていた人の列は、もう、あと5人ほどになっていた。
南部は、整理のつかない心の内をごまかすように、ユキに話しかけた。

「森さんは、もう地球との交信は済ませたの?」
「ええ。手の空いた時に済ませたわよ。」
ユキはにっこりとほほ笑んで、南部を見上げた。
─森さんって、きっと育ちがいいんだろうな・・・。
南部は、ユキの屈託のない笑顔が好きだった。
こんな殺伐とした、明日をも知れない戦いの中にあって、ユキはいつも温かい笑みを向けてくれる。

「きっと、ご両親は心配してるんだろうね。」
南部の言葉に、ユキの表情は複雑だ。
「ええ。パパとママの顔を見たら・・・。悲しくなっちゃって。少し、泣いちゃった。」
そして、ふふっと笑った。
「でもママったら。お見合い写真ばっかり見せるんですもの。」
南部は、あまりに意外なユキの言葉に、思わず吹き出した。
「ええっ?森さん、結婚するの?」
「まさかあ!結婚なんてしないし、第一、お見合いなんてしないんだから!」
ユキは、真っ赤な顔をして口を尖らせた。
南部は、ユキのそんな表情をみて、思い当るところがあった。
「へえ。森さん、もしかして、ヤマトの中に誰か好きな人でもいるの?」
「ちょっと!南部さんまで!もう、知らない!」

─図星か・・・。森さんの好きな人って、アイツかな・・・?それとも・・・。

南部は、ユキに謝りながら、同僚の顔を思い浮かべていた。

     ◆     ◆     ◆ 

そうこうしているうちに、南部の順番になってしまった。
出来ることなら、このまま引き返したい。
─今さら、いったいどの面下げて・・・。
南部の心は揺れ動いていた。

それは、南部が家を出てから、3年という月日をかけても断ち切ることのできなかった、情の証しでもあった。
断ち切ることもできなければ、受け入れることもできない・・・。
その厄介な感情が、南部自身を苛んできたのだった。

ユキは、南部を交信室に押し込んだ。
南部の心のうちの葛藤など、知るはずもない。
南部を、交信機の前に座らせると、その傍で、使い方の説明をしている。
南部は、このタイプの交信機の使い方なら、知っていた。南部だけではない。おそらく、第一艦橋詰めの乗組員はみな扱えるはずだ。
しかし、南部は黙って、ユキが説明するに任せていた。

傍でユキが動くたびに、ふわりと、何か甘い匂いが鼻をくすぐる。
自分には、決して無い匂い─
南部の胸に、説明のつかない感情がこみ上げた。

それは、女の人の匂い・・・。おそらくは、遠い昔に感じたであろう、母の匂いだった。
15:20  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑤

ユキが出て行ってしまうと、とたんに交信室の空気は無機質なものに変わった。
聞きなれた電子音と、遠くから響くエンジン音が、南部の体を包み込む。

南部は、交信機の椅子に座ったまま、ピクリともしなかった。

─・・・。

そうして、どのくらいの時間が過ぎただろうか。
おそらく、それほど長い時間では無かったはずだ。1分か2分か、その程度の時間が、南部の周りだけ恐ろしくゆっくり流れていった。

─クソ・・・!

とうとう、南部は、目の前のキーを操作して、次第に像を結ぶモニターを、じっと凝視した。


「お、お坊ちゃま・・・!」
画面に現れたのは、お手伝いの女の子だった。歳は18、9くらいの彼女は、父親が南部家の運転手しをしていた関係で、子供のころからの顔見知りだった。
「ちょっと、お待ちください!」
彼女は、突然のことに慌てて、誰かを呼びに走って行ってしまった。

誰もいなくなった画面の向こうには、懐かしい、リビングの風景が映し出されていた。ソファもテーブルも、その向こうに見える飾り棚のカップの数まで、南部が家を出た時と何ひとつ変わっていない。こうして見ていると、リビングの隣の台所から流れてくる、コーヒーの香りまでしてくるよう不思議な気分だった。

モニターには映っていないが、その向こうでは、どうやら使用人たちが騒いでいるようだった。

─そりゃ、そうだよな。何年も音信不通の放蕩息子が、何の前触れもなく宇宙から交信してきたんだもんな・・・。

南部は、画面の向こうの雑音に、思わず苦笑した。


懐かしい我が家・・・。幼い日の温かい記憶・・・。
一瞬、懐かしさに目を閉じた南部が、次に見たのは、驚きに眼を見開いた母親の顔だった。

     ◆     ◆     ◆

「康雄・・・!」

南部の母親は、長身に長い黒髪の映える、美しい人だ。
しかし、どこか、線の細い、儚げな人だと、南部は思う。
久しぶりに見る母は、少し痩せて、やつれて見えた。

「久しぶり・・・。」

南部は、母親の視線を避けるように俯いた。
なんと言っていいか、次の言葉が出てこない。古代に言われたとおり、ただ別れのあいさつをしておこうと思っただけなのに、いざ、こんな母親のやつれた顔を目の前にすると、どんな言葉も出てこないのだ。

「あなた・・・。よく無事で・・・。」
母は、泣いていた。
「あなたがヤマトに乗ると聞いて、ひと目逢いたいと思って、あの日、街に行ったのだけど・・・。凄い人ごみで、どうしてもあなたの姿を見つけることが出来なかったのよ。」

あの日の、見送りの人ごみにもまれて、母は必死に自分を探していたのだと思うと、南部は、胸が痛んだ。
古代の言うとおり、一言『行ってきます』と言えば良かったのに・・・。

「少し、痩せたみたいだけど、大丈夫なの?ちゃんと食べてる?危ない目に遭ってるんじゃないの?」
俯いたまま何も言わない息子に、母は必死に語りかけてくる。
「大丈夫。心配しないで。」
南部は、やっとのことで、それだけ言った。

何も、母親をこんな風に泣かせるために、家を出たのではなかった。本当は、父親が憎いわけでもない。
ただ、違うだけなのだ・・・。

「母さん。もうすぐ太陽系を離れる。地球との交信もしばらくは難しくなるんだ。ガミラスとの戦闘も、激しくなってきて・・・、それで・・・。」

母親は、息子の言葉に息をのんで、両手で顔を覆った。

─ああ!クソ!俺、何言ってんだ・・・!

南部は、もどかしさに唇を噛んだ。
15:22  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑥

「母さん・・・。」
南部は、不用意な言葉で母親にショックを与えたことを悔やんだ。これ以上、話し続けることは、母にとっては酷なことかもしれなかった。

しかし、許された時間はあとわずかだ。
この機会を逃したら、もう二度と、自分の気持ちを伝えることはできなくなるかもしれないと思うと、南部は、是が非でも、たとえ母親を悲しませることになってでも、言っておきたいことがあることに気がついた。

「母さん・・・。」
母は、涙をぬぐって顔をあげた。
「戦いは激しくなってきたけど、大丈夫・・・。ここには仲間がいるから。」
南部は、無意識に仲間という言葉を口にして、その温かい響きにふっと頬を緩めた。
母親は、息子のそんな表情の変化を見逃さなかった。
「そう。仲良くやってるのね?良かった。」
母の精一杯の作り笑いは、かえって悲しみの大きさを物語っていた。
美しい頬に赤みはなかった。


「俺が今、ここで何をしてると思う?もしかしたら、もう知ってるのかな・・・。俺、ヤマトの砲術長なんだ。」
モニターの向こうの母親は、驚かなかった。

─やっぱり、知ってたのか・・・。

母親は、息子が、その若さでヤマトの砲術長に抜擢されたことを知っていた。南部重工の商売柄、そのくらいの情報はどこからでも転がり込んでくる。
息子に決して明かすことはできないが、訓練学校での成績も生活ぶりも、果ては交友関係まで、母親の耳には届いていた。

「俺は、ヤマトに乗って初めて、本物の大砲をうった。ヤマトの主砲の威力は凄いよ・・・。南部の技術は本物だね。」
南部は、自分自身を奮い立たせて、言葉をつなぐ。
「・・・力を生み出すものは、その力の使い方を知らなきゃいけないんだ・・・。家を飛び出した時は、そんな事まで考えてなんかなかった。ただ、感情的になって、反発してただけさ。でも、実際に、銃を手にして戦ってみて気づいたんだ。この力を無制限に使っちゃいけないんだって。そうでなきゃ、あんなもの、ただの人殺しの機械じゃないか・・・。」
南部は、胸のうち息苦しさもろとも、吐き捨てるように言った。

「それで、康雄は、軍人になったの・・?」
母親の声は、以外にもはっきりとしたものだった。
「それであなたは、力を使う人になったのね。」

力を使う人・・・母親の言葉には、悲しい響きがこもっていた。

母親の瞳に射抜かれて、南部は言葉を失ってしまった。

しかし、ここであきらめるわけにはいかなかった。
南部の本当に伝えたいことは、他にあるのだから。

「母さん。聞いてよ。地球に居たって、緩慢な死を待つだけだ。それに、俺は、高みの見物なんてしたくなかったんだ。俺は、この手で、平和を勝ち取りたいんだよ!」
この数年来持ち続けてきた、心のわだかまりを一気に吐き出すように、大きな声を張り上げた。
一旦、心のタガが外れてしまうと、南部は自分でも何を言っているのか、何が言いたかったのかもわからなくなってしまった。
「平和のために戦うなんて、ナンセンスだよ。だけど、他にどうしようもないじゃないか。俺は、まだ諦めたくないんだ。地球も、自分も、何もかも!」

まるで、南部の叫び声が合図のように、モニターの画像が乱れ始めた。

「母さん!俺は帰る。きっと帰る。この戦いを終えて帰ったら、そしたら・・・!」


交信は切れた。
モニターの明かりは消え、再び訪れた静寂と、規則正しい電子音が南部を包み込む。

南部はうなだれたまま、指一本動かすのも、億劫だった。

15:27  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑦

南部は、居住区へ続く通路を、足元を照らす常夜灯の明かりを頼りに歩いていた。
数メートル間隔でほのかなに足元を照らす灯りのオレンジ色が、一定のリズムで南部の横顔を朱に染める。
うなだれて歩く後ろ姿からは、とても、砲術長として声を張り上げている普段の彼の姿を想像することはできなかった。

─誰にも会いたくない・・・。

幸い、居住区に人影はなかった。

南部は、自室にたどりつくと、灯りもつけずベッドに倒れこんだ。
乱暴に靴を脱いでその辺りに散らかし、サイドテーブルの上の時計を、手で払いのける。
床に転がった置時計の、硬質な衝突音が、無性に癇に障った。

南部は、次の瞬間、衝動的に眼鏡を外すと、その時計めがけて投げつけていた。

とたんに、南部の視界がぼやけてくる。
ベッドの縁に座って、頭を抱えて、そして、声を殺して泣いた。

何も話したくないし、何も考えたくなかった・・・。


     ◆     ◆     ◆

気がつくと、もう、当直の時間だった。
こんな日に夜勤当直なんて、どうしてこんなに間が悪いのだろう。
本当は、誰かに代わってもらいたいところだが、そういうわけにもいかない。
それに、交代の理由を探して、誰かに頼むのも面倒だった。

シャワーを浴びて、着替えながら、何気なく鏡を覗きこんで、驚いた。
泣きはらした目がむくんで、ひどい顔だ。
─何て、顔だよ・・・。
南部は、鏡の中の自分に、力なく笑った。
鏡の中の自分は、まるで知らない顔をして、うっすらと笑い返してくる。

『きっと帰る!この戦いを終えて帰ったら・・・!』
もし、あと少し時間があったなら、自分は、あのあと何と言ったのだろうか。
南部は、もう一人の自分の視線に耐えかねて、むくんだ眼を伏せた。


─とにかく、急がなきゃ。
当直に遅れるわけにはいかない。
慌てて身支度を整えて、眼鏡を探した。

─ああ・・・。

フレームの曲がった眼鏡の残骸が床の上に転がっていた。




15:28  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑧

南部は、時間ぎりぎりに、第一艦橋に駆け込んだ。
今日の当直は、確か真田とペアのはずだ。
日頃から時間厳守は当然のことだが、特に真田はその辺りのことには厳しかった。
決して後輩を叱りつけない温和な態度も、余計に凄味があった。

─あれ?

しかし、予想に反して、第一艦橋で待っていたのは、ユキだった。
息せき切って走りこんできた南部を振り返って、にっこりと微笑んだ。

「すべり込みセーフね!」
ユキは、南部の慌てた顔を、嬉しそうに眺めた。
「あれ?今日の当直は真田さんじゃなかった?」
「そうなんだけど、どうしても今日中に仕上げたい仕事があるから、当直代わってくれって頼まれちゃって。」
「そうなんだ・・・。」
南部は、正直、ホッとした。
決して、真田のことがけむたいわけではなかったが、比べれば、ユキとの当直の方が断然気楽に決まっている。それに、今日は特に、真田に自分の心の奥底まで見透かされそうな気がして嫌だった。ユキの楽しそうな笑顔を見ていると、さっきまでのささくれ立った心が、次第に和らいでいくような気がした。


二人はそれからしばらくの間、淡々と職務をこなした。
計器の数値を読み、記録しする。平時の当直の仕事なんて、それくらいのことしかない。
あとは、艦内時計が朝になるまで、何事もないことを祈りながら、静かな時間を過ごすのみだ・・・。

ひと通り終えると、南部はとたんに手持無沙汰になった。
いつもなら、ユキと他愛のない話でもして、時間を潰すところだが、今夜はさすがにそんな気分になれなかった。ユキとまともに向き合って、むくんだ顔をさらすのも気が引ける。

仕方なく、今後の作戦計画でも練り直すことにして、コンソールの上に資料を広げた。

実際、計画の変更は切迫した事案だった。
ガミラスの攻撃は、予想以上に厳しく、執拗だ。その上、外宇宙に出れば、何が起こるかわからない。
あらゆる面から、検討しなおす必要に迫られていた。


しかし、やっぱり、駄目だった。
南部は、資料の上にペンを放った。

─だめだな・・・。俺・・・。

南部は、コンソールに頬杖をついて、ため息をついた。
数時間前の母親との交信が、頭の中で何度もプレイバックする。泣きながら南部の話を聞いていた、母の面影が、目の前に浮かんできて、どうしても、職務に集中できなかった。

南部は、久しぶりに静かな夜を、恨めしく思った。




15:30  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑨

「南部さん。」
ユキが、少し遠慮がちに声をかけてきたのは、そんな時だった。

「なに?」
南部は、半分だけ振り返って、返事をした。
「あの・・・。」
ユキにしては珍しく、何か、言いにくそうにしている。
─もしかして、森さん、俺の交信を聞いたんじゃ・・・!
南部は、平静を装って、ユキを振り返った。
「どうかした?」
ユキは、それでもちょっと考えるようなそぶりをしてから、ようやく、意を決したように話し始めた。

「南部さんに、ひとつ聞きたいことがあって・・・。」
「なに?」
「古代くんのことなんだけど・・・。」

南部は、ユキの質問が自分のことではなさそうだとわかって、半ばホッとした。
しかし、反面、古代のことを口にする時の、ユキの微妙なニュアンスに、かすかな嫉妬も覚える。

「古代が、また何か森さんを困らせるような事でもした?」
南部は、無意識に、少し意地の悪い言い方をした。
しかし、ユキは、そんな南部の様子には、気づかないようだった。
「ううん。そうじゃないのよ。悪いことをしたのは、私の方なの。」
そう言うと、自分の席から立ち上がると、俯き加減に歩いて、相原の席に座った。
「私、古代くんには身寄りがないって、知らなくって。お兄さんのことは聞いてたけど、ご両親のことは、知らなかったものだから。古代くんを、無理に交信室に押し込んでしまって・・・。」

─そうだったのか・・・。

ユキは、申し訳なさそうにうつむいて、唇を噛んだ。
南部は、ユキのそんな表情を、初めて見た。さっき、南部が駆け込んできたときに見せた笑顔とはまるで違う人のようだった。

ぬけるように白い横顔が、悲しみに揺れて、綺麗だった。

「南部さんは、何で古代くんのご両親が亡くなったか知ってるの?」
「古代は話さなかったの?」
「ええ。あとで佐渡先生に聞いたら、ガミラスの攻撃で亡くなったらしい、とだけ教えてくれたんだけど。」
ユキは、相変わらず、遠慮がちに聞いてくる。
多分、ユキ自身、他人の事情に踏み込むことに、迷いがあるのだろう。
しかし、聞かずにはいられない、そんな、切なさが伝わってくる。

「俺も、詳しいことは知らないけど。遊星爆弾の直撃を受けて亡くなったそうだよ。なんでも、バス停で、古代の帰りを待ってたところに、遊星爆弾が落ちたんだって聞いたけど・・・。」

ユキは、大きな瞳を見開いて、南部を見た。

ユキの全身に漂う悲しみが、切なくて、南部は目を伏せた。
15:32  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑩

「そんなに、気にしなくても大丈夫だよ。」
南部は、努めて明るく振る舞った。
どんな理由であれ、ユキの寂しそうな顔は見たくなかった。
「古代だって、森さんが悪気がないことくらいわかってるよ。」
「でも・・・。」
ユキは、相変わらず、浮かない顔だ。
「悪気はなくても、傷つけちゃったわ。」

─森さん。古代のために、こんな顔するんだ・・・。

南部は、こっそりユキの横顔を盗み見て、ため息をついた。自分のことでもないのに、どうしてこんなに気が滅入るのか、説明がつかない気持ちを、すっかり持て余してしまった。
ユキとの当直で、少しばかり弾んでいた気分も、行き場を失ってもやもやする。

─あーあ。今日は、何から何まで、最悪だ・・・。

南部は、手持無沙汰な指先を、コンソールの上で意味もなく動かした。
計器のランプはすべて、正常値を示している。聞きなれた電子音も、変りない。
相変わらず、静かな夜だった。

     ◆     ◆     ◆

「あらっ?南部さん、眼鏡・・・。変えたの?」

南部は、不意打ちを食らって、咄嗟にユキの顔を正面から見た。
「えっ・・・。」
さっきまで、浮腫んだ顔を見られまいとして、極力向き合うのを避けていたのに、うっかりユキを見つめてしまったのだ。
ユキは、大きな瞳を見開いて、何も言わず南部の答えを待っている。

南部は、咄嗟の言い訳に焦って、ユキの表情が、一瞬、曇ったことに気がつかなかった・・・。

「ああ。これ・・・。実は、いつものヤツのフレームが壊れてさ。眼鏡がないと仕事にならないから、いつもスペアを持ってるんだ。」

南部は、ぎこちなく笑って、眼鏡のフレームを人差し指で持ち上げた。

「そうなの・・・。その、黒縁眼鏡も、似合うわよ。」
ユキは、いつもするように、小首をかしげて笑った。
やわらかく髪が揺れ、少し甘い匂いが周囲を包み込む。
─いい匂いだな・・・。
南部も、ユキの笑顔につられて、自然と頬が緩むのを感じた。


「ところで、南部さんって・・・。」
ユキは、静かに続けた。
「あの南部重工の社長の息子さんだって本当?」

南部は、今度こそ、言葉を失った。

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2016.11/13(Sun)

さよならをするために ⑪

言わないことから、わかってしまう。

南部の一瞬の沈黙が、真実を語っていた。

「知ってたんだ・・・。」
南部は、視線を手元に落としたまま、ボソっと呟いた。
ユキは、予想外の南部の態度に、困惑していた。
「あの・・・。私、何か悪いこと聞いちゃったみたい・・・。」
それ以上、言葉が出てこない。

「いや。いいんだ。別に隠してたわけじゃないんだ。そのうち、みんなに知れることだと思ってたよ。」
しかし、その口調からは、決して南部が、その事実を積極的に知らせたくはなかったことがうかがえる。
「実は、ちょっと前から、生活班の女の子たちの間で噂になってたものだから。つい、気になっちゃって。」
「そうなんだ・・・。」
「でも、南部さん、ちっともお坊ちゃんらしくないから、私、最初は信じられなくて・・・。」

ユキは正直だ。
真正面からぶつかってくる。
ちっともお坊ちゃんらしくない、なんて、聞きようによっては失礼な言い方だが、南部は不思議と嫌な気はしなかった。

「親のことなんて、あんまり自分から切り出す話題でもないでしょ。それに、俺、親に反抗して宇宙戦士訓練学校に入ってもんだから、何か、バツが悪くて。それで、なかなか、みんなにも、言いだせなくってさ。」
南部は、そう言って、僅かに笑って見せた。

南部はまた嘘をついていた。
そして、その自分の嘘に、南部自身も気づいていないのかもしれない。
南部が親の話をしないのは、揺れる心をさらしたくないからだ。
最初から順を追って、整理し、もつれた糸を解していく作業が、南部には必要だった。
それは、南部の家と向き合うことであり、南部自身と向き合うことでもあった。

「そうなの。まあ、社長の息子でも、そうじゃなくっても、関係ないわね。」
ユキは、相原のインカムをつつきながら、一人で納得している。
「だって、南部さんは、南部さんだわ。」

南部は黙ってユキを見つめた。
ユキは相変わらず、相原のインカムを触っている。

─俺は、俺か・・・。

南部は、ふっと息を吐いた。
─わかってるさ。そんなこと。俺だってわかってるんだよ・・・。
南部は、ふと、母親の顔を思い出した。

─『もし地球に帰ったら・・・』

そうしたら、俺は、今度こそ、自分の足で歩いていく。
軍人として生きるか、そうではないのかはまだわからない。しかし、きっと、自分の足で歩いていく。
そしてきっと、会いに行く・・・。
その時こそ、過去の自分と決別できるはずだ・・・。

南部は、ぼんやりと、そんな事を考えながらも、まだ、自信が持てないでいた。

頭では分かっていても、感情がついてこないこともある。

南部には、まだ、時間が必要だった。



─ピピーッ、ピピーッ!

その時、けたたましい電子音が、南部の隣から鳴り響いた。
「どうした!?」
ユキは、訳がわからず、半泣きの顔になっている。
「突然、相原くんのコンソールから警告音が・・・。」
「えっ?どういうこと?」

二人であちこち探って見たが、警告音を止めることはおろか、その原因もわからない。
そうこうしているうちに、相原が血相を変えて飛び込んできた。
「もう!何するんだよ!どこか、触ったんだろう?」
ユキも南部もわけがわからず、相原がするに任せている。

すぐに警告音はやみ、代わりに、仁王立ちの相原に説教を受けることとなった。
どうやら、ユキが何気なくインカムを触っているうちに、相原のカスタマイズを変更してしまいそうになったらしい。
相原は、万が一、自分の仕様を変えられると業務に不都合が生じるので、第三者の侵入を未然に防ぐために、コンソールのあらゆる所にトラップをセットしていたらしい。

相原は、言いたいことだけ言うと、あくびをして出て行った。

南部は、ユキと顔を見合せて、笑った。



結論は先送りにしよう。
今は、愛すべき仲間たちと、この航海を成功させることだけを考えよう。

しばらくして、一瞬照明が落ちて、また点いた。
今日もヤマトに、新しい朝が来た。


fin
15:38  |  宇宙戦艦ヤマトのお話  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ①

カーテンの隙間から差し込む日の光が、部屋の明度を高めていく。
窓際に配置されたベッドの上にもその光は広がって、否応なく、室内の温度も生ぬるいものに変わっていった。

部屋の主は、本当はもう少し眠っていたいという欲求を太陽に遮られる格好で、しぶしぶ、目をこすりながら上体を起こした。寝ぐせでクシャクシャの髪の毛を、少し乱暴に掻きむしって、ベッドの縁に座った。

眠たそうな眼を細めて枕元の時計を見ると、もう既に正午が近い時間になっていた。

「ああ・・・。そろそろ起きないと・・・。」    

南部は、クローゼットの中からごくありふれたシャツとジーンズを選ぶと、部屋の隅にある小さな洗面所で顔を洗い、サッと髪をとかしてどうにか外出できるだけの格好を整えた。
南部は、身支度に時間をかけない。それは、不精だとか、身に構わない性格だとか、そういった類の事ではなく、おそらく、宇宙戦士訓練学校時代からの寮生活と軍での生活が、彼の習慣に影響を与えたのだろう。
とにかく、衣食に時間をかけない事が、いつの間にか身に染み付いてしまったようだった。

階下では、人の立ち働く気配がしている。
南部は、窓を開け放ったまま部屋の扉だけ閉めると、賑やかな雰囲気の漂うリビングに下りて行った。


ヤマトがイスカンダルから帰還してから、半年余りが過ぎようとしている。
その間の地球の復興は目を見張るばかりで、あの干上がった海にも水が戻り、まだ都市部に限られてはいるが、徐々に、人々が地上に戻り始めていた。
南部家の家族も、都市計画に基づき割り当てられた区画での新しい地上生活をスタートさせていた。

帰還後、南部は他の多くの仲間と同様、身の振り方を考えなければならなかった。
とりあえずは、住むところの確保が最優先課題だ。
島、太田、相原は実家に戻った。
古代は、他に帰るべき場所もなく、防衛軍から提供された宿舎に移った。
南部は、迷った。
以前の彼なら、迷うことなく、宿舎に移ったのだろうが、航海を終えて帰った彼は以前の彼ではなかった。
イスカンダルへの航海の途中、相原が精神疲労で倒れる前に古代に叫んだという言葉も、南部の心に突き刺さっていた。

『どうせみんな死ぬんなら、俺は父さんや母さんの傍で死にたい!』

これには、古代も堪えただろうが、その事を後で聞いた南部にも相当堪える言葉だった。
相原の言うとおり、いずれみんな死ぬのだ。
それに、当面、軍に留まるという選択をした南部は、その身にいつ何どき、どんな事が起こるか分からない。
『万が一』の確率は、一般人に比べて、格段に高い。
しかも、艦隊勤務の南部は、その任務の合間の僅かな期間しか地球に滞在できないのが現状だった。

結局、南部は、迷った挙句、家族の元に戻る事にしたのだった。


こうして、少し懐かしいような、気恥ずかしいような、ぎこちない同居生活が始まった。



22:44  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ②

「おはよう。」

南部は、まだ腫れぼったい瞼をしょぼしょぼさせながらリビングに入ってきた。
日が高く上ってからの挨拶にしては、少し間が抜けていたが、起き抜けに顔を合わせた母親に対して、それ以外の言葉を思い付かなかった。

「随分、ごゆっくりね。」

母親は、息子を見上げて微笑んだ。初夏の日の光が差し込む窓辺で、膝の上に小さな端末を開いて、何かしら、目を通しているようだった。

南向きのリビングには、開け放たれた大きな窓から、爽やかな風がそよぎこんでいる。
東京郊外の高台に建つ真新しい屋敷は、南向きの一番明るい場所に、開放的なリビングを配置した、洋風の家だった。

皆が、太陽を渇望していた。

「もう、お昼ね。」

母親は端末の画面を閉じると、台所に向かった。リビングとひとつづきの台所では、既にコーヒーの芳ばしい香りが立ち上っている。この屋敷の者は全員、南部が起き抜けにコーヒーを一杯飲みたがることを知っていた。


ダイニングのテーブルについた南部は、にこやかにコーヒーを運んでくる母親の長い髪が、部屋中を満たす初夏の風に揺れるのを、何気なく見ていた。
こんな、穏やかな日々が再び自分の元に訪れるなんて、一年前には想像もつかなかった。

熱いコーヒーにミルクが円を描いて溶けていく様子を眺めながら、南部は、その身体から心だけが遊離していくような感覚に陥った。
ぐるぐると回りながら、自分の気持ちは次第に、この安らぎから引き離されていく…。

南部は、カップの中身を一気に混ぜて、透明感を無くしたコーヒーを飲んだ。

「いい香りだね。どこで買ったの?」


南部は、微笑む母の匂いの中で、記憶の中に残る、ユキの洗い髪の匂いを探していた。


22:45  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ③

地球はまさに奇跡的な復興を遂げつつあった。

ヤマトがイスカンダルから持ち帰った放射能除去装置は、真田をチーフとする科学局の特別チームによって、地球の環境に合わせて改良され、量産された。その結果、全土を遊星爆弾による放射能で汚染されていた地上は、再び、人類の生活圏として復活したのである。

長い地下生活から解放された人々は、冬枯れた植物が、春の訪れとともに一斉に空を目指して芽吹くように、太陽を求めて、地上に溢れ出た。
かつて、ヤマトに託された未来への希望は、今や現実のものとして、人々に活力を与えている。その目に見えないエネルギーが、この驚異的な復興の原動力だった。

この、新しい東京の街を見下ろすように、地球防衛軍本部の新庁舎は建てられた。
まだ未完成の街の中でも、新たなシンボルとしての雰囲気を漂わせていた。

その防衛軍本部の高層階の窓から、ユキは一人、窓の外を眺めていた。

ユキは、ヤマト帰還後、防衛軍本部に配属となった。
退役して、看護婦に戻りたいという希望もあったが、イスカンダルへの航海でのユキの働きぶりは、防衛軍幹部の目に留まることとなり、防衛軍幹部の誰も、ユキを手放そうとはしなかった。
結局、ユキはそのまま軍に留まることとなり、長官の秘書に落ち着く事になったのだ。

ユキは、眩しいほどの日差しに目を細めて、水の戻った湾の輝きと、行き交う人々の小さな影をみていた。
こうして、慌ただしく毎日を送っていると、ほんの数か月前の出来事が夢の中での出来事のように思えてくる。
自分が、ヤマトに乗って、何万光年の宇宙を旅してきたとは、今考えてみると驚くほどに無謀で、信じられないことだった。

文字通り、命がけの毎日だった。
多くの仲間たちと出会い、そして別れた・・・。
その中で、ともに死線を越え、戦ってきた仲間との絆は、この先も生涯変わることはないだろうと確信できる。

それに、大切な人との出会いも・・・。

窓の外を吹き抜ける風は、ユキの心を、遥か彼方へと吹き上げた。


「ユキ。午後の予定はどうなっているかな?」

長官の低い声に引き戻されて、ユキは慌てて、手元のファイルを開いた。

「はい。13時から、連邦政府との懇談会が入っています。」

長官は、満足そうに椅子に腰をおろして窓の外を見遣った。
「地球の復興は目ざましいな。」
「はい。こうして再び、地上に戻ってこられるなんて夢のようです。」
「それもこれも、みな、君たちが頑張ってくれたおかげだよ。」
「いえ、私たちはただ、必死で・・・。

長官は、穏やかに微笑んだ。
「それはそうと、古代の事なんだが。」
ユキはハッとして、顔を上げた。
「君たち、婚約したんだって?そんなときに古代には長期の外周艦隊勤務で、申し訳ないな。」

ユキは、心の動揺を必死に押し殺して、表情を整えた。

「いえ。それも一日も早い地球の復興を願う、あの人の希望ですから。」

長官は、そうか、と言うと、古代の事については、それ以上何もいわなかった。そして、しばらく他愛のない世間話をした後、他のみんなは元気か、と訊いた。

「はい。みんなそれぞれ、忙しくしているようですわ。実は、今日、仕事が終わったら久しぶりに集まるんです。」

その言葉に、長官はまたどこか嬉しそうに微笑んだ。

ユキは、浮き立つ心のどこかに、寂しさを感じていた。
今日の仲間の中に、古代は居ない・・・。



22:49  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ④

その日の午後は、忙しかった。

長官が、連邦政府との懇談会に出掛けて行ってしまうと、ユキは、休む間もなく次の日の会議の資料やら、そのまた次の会議の会場の手配やら、秘書としての仕事に追われて時間を過ごした。

結局、科学局に着いたのは、予定の時間を1時間も過ぎてからだった。

「ユキ!久しぶりだな。元気だったか?」

科学局のロビーでユキを出迎えてくれたのは、真田だった。
防衛軍本部のビルと隣接するエリアにある科学局も、真新しい建物の匂いがする。白い壁に囲まれたロビーは、吹き抜けの空間が遥か上方まで繋がって、その大きな穴を廊下が取り囲んでいる。

ユキはここに来る度に、この空へ向かって伸びる空間に、吸い込まれそうになるような気がする。

「すみません。遅くなってしまって。」
「ああ、いや、良いんだ。遅くなると連絡をもらったとき、こちらもちょうど取り込み中でね。1時間遅く来てくれて、好都合だったよ。」
真田は、科学局の中にある自分の研究室にユキを案内しながら、にこやかに話を続けた。
「長官から何か預かってきてくれたんだろう?」
「はい。この封筒を。」
ゆきは、長官からの書面を真田に手渡した。

研究室では、2、3人の若い研究員が、熱心に端末を見ながら話し合っている。ユキの姿をみると、みな一様に恥ずかしそうに、会釈をした。

「ユキ、コーヒーでいいかな?」
「あっ、お構いなく。」

真田は、ユキを研究室の奥まったところにある小さな休憩室に案内した。

「お忙しそうですね。」
「まあ、ぼちぼちだな。だが、これも嬉しい慌ただしさだよ。何しろ、地球は甦ったんだからな。その復興のために尽くせるのなら、どんなに忙しくったって、寝る間を惜しんで働くさ。」

真田は、嬉しそうに胸を張った。

「しかし、ユキ。きみも大変そうだな。古代はいないし・・・。」

わかってはいても、改めて言われると、寂しさが胸に込み上げてくる。
もう慣れっこになったと思っていても、こうしてときどき、ユキの心を冷たい風がユキ抜けるのだ。
ユキは、静かに目を伏せた。

「それはそうと、ユキ。この封筒の中身を知っているのか?」

ユキが真田に渡した封筒は、長官から直接預かってきたものの、その中身については、何も知らされていなかった。

「いいえ。ただ、これからの防衛軍の方向性にかかわる事だと・・・。」
「ふうむ。」

真田は、少し考えてから、ユキにここだけの話と断って話しはじめた。

「そうだな。これは、新造艦の企画書なんだよ。ヤマトに搭載されたあらゆる機能を、もっと改良して強力にしたものを装備する予定だ。ヤマトに比べると、オートメーション化も格段に進むだろう。」

「まあ。そんな計画が・・・。」

地球は、凄まじい勢いで復興を続けている。
しかし、それに比例して、地球防衛軍の軍備も拡張の一途をたどっている。

真田は、複雑な表情を浮かべて、腕を組んだ。
その様子に、ユキの心にも、説明のつかない不安がよぎった。

23:25  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ⑤

昼下がりの東京の街は、汗ばむ程の陽気だった。街路樹の青葉の隙間から洩れる日差しが目にまぶしい。

碁盤の目のように整然と並んだ区画は、一つ一つのブロックごとに、名前や番号ががつけられている。
そのあちらこちらで、ビル建設のための重機が動いていた。

南部は、待ち合わせの時間には早かったが、早々に家を出てきた。
両親との関係は、今のところ良好だが、何となく居心地が悪い。母の穏やかな笑顔を見るのは悪くないが、それを心のどこかで負担に感じる自分もいた。

しかし、父親との冷めきっていた関係には、変化の兆しが見え始めていた。

『そのコーヒー、お父さんのお土産なのよ。康雄はコーヒーが好きだろう、って。』
『へえ…。そうなんだ…。』

母の言葉には、夫と息子の間を取り持ちたい気配が漂っていた。、
しかし、息子は、まだわだかまりを捨てられずにいる。
たった一言『ありがとう』と言えさえすれば、もっと楽になれるだろうに…。


―やっぱり、何か食べてくれば良かったかな…。

南部は、コーヒーを一杯飲んだだけで、出掛けたことを、少し後悔した。

―腹、減ったなあ…。

外の空気が吸いたくて、エアカーにも乗らず、一人で歩いているわけだが、朝から何も食べていない胃袋は、辛抱も限界を越えて、キリキリとした痛みをもって空腹を訴えていた。

しかし、何かを食べるには、中途半端な時間だし、一旦、何かを口にすると、際限なく食べてしまいそうな気もする。
結局、南部は空腹に身をよじる胃袋の訴えを無視して、歩き続けた。

街は熱気を帯びて、繁る若葉の青は、むせ返る匂いを放っている。
自分たちは、この太陽の匂いを体いっぱいに吸い込むために、命をかけたのだ。
ともに戦い、別れた、多くの仲間たち・・・。

南部は、青空を見上げた。

―俺たち、やっと取り戻したんだな…。


久しぶりに会う仲間たちの笑顔を思い浮かべ、防衛軍本部ビルへ向かう南部の足取りは軽い。
北上の実家へ、引っ越しの手伝いのために帰省していた相原が、もうすぐ東京に戻って来る筈だ。島と太田は、今朝、予定通り火星から帰還したとメールが入っていた。
ユキと真田も来る。

―来られないのは、古代だけか…。

南部は、古代が太陽系外周の哨戒任務に就いた日のユキの寂しそうな笑顔を、思い出していた。



23:26  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ⑥

南部が防衛軍本部ビルの前に着いたのは、約束の時間の1時間も前だった。

自宅からここまではかなりの距離があったが、自分たちが取り戻した地上の世界を堪能しながら歩く道のりなら、何時間かかっても決して苦にはならないから不思議だ。
それだけの体力が彼にはあるし、また、その体力をもて余してもいる。

今回の休暇は2週間。次の任務まではあと数日、休暇が残っていた。
その殆どを、自宅周辺の散策や買い物、友人たちとの飲み会に費やしていた南部は、すっかり鈍った体をもて余しているのだった。

南部は、本部ビルの正面、道を挟んだところにある小さな店でコーヒーとペカンナッツバーを買い、道沿いの公園の木陰に腰を下ろした。
防衛軍本部ビルの周辺は、緑化事業に伴い、公園としてきれいに整備されている。昼時には、防衛軍の関係者のほかにも、周辺の会社員や工事関係者などで賑わっているのだが、日が傾き、風が冷んやりとし始めるこの時間には、人影も疎らだった。


「よう!」

不意に聞き慣れた声が響いて、南部は、飲みかけのコーヒーを口につけたまま振り返った。
艦隊勤務を示す青い制服に身を包んだ男が2人、近づいてきた。

「久しぶり!」

そう言って手をあげたのは、島だった。
隣には、随分早いじゃないか、と言って笑う太田もいる。

「久しぶりだな。」
南部も笑顔で応じると、立ち上がって手を差し出した。
代わる代わる握手をして、3か月ぶりの再開を喜びあった。

「帰還の報告か?」
南部の問いに、島はは笑顔で頷いた。
「ああ。宇宙港から直接、防衛軍本部に報告に来たんだ。約束の時間には少し早いから、太田と喫茶店にでも入って時間をつぶそうか、って話してたら、誰かさんの後姿が見えたもんでね。」
少し、悪戯っぽく笑う島の顔に、南部も嬉しくなった。

「こんないい天気の日に、外に出ない手はないだろう?」
そして、軽くウインクして見せた。
「それで、こんなに早くから、一人でぼんやりしてたってわけ。」


「久しぶりの地球は、一段と復興が進んでるね。」
と感心しきりの太田に、南部も頷く。
「そうだな。俺も帰ってくるたびに、街が広がっていくスピードに驚いてるよ。」

そうして、しばらくの間、再開した仲間たちは近況を語り合った。


「ところで、南部。」
島は、それまでとは打って変わって、少し低い声で訊いた。
「古代とユキが婚約したって、本当か?」
太田も、興味津々の顔で南部の答えを待っている。

「えっ?もう、ひと月以上も前の話だぞ。」
南部の言葉に、なんで知らないの、というニュアンスを感じ取って、島は口をとがらせた。
「俺達、ここ3か月、輸送船団で太陽系をうろうろしてたんだぞ。そんな話、知るわけないだろ!」

─知ってるんじゃないか!
南部は心の中で、こっそり苦笑した。

しかし、島は、相変らずむっとしている。
「だいたい、なんで親友の俺に一番に、直接報告しないんだ。」

とうとう南部は、吹き出してしまった。
「じゃ、誰から聞いたんだよ。」

それに答えたのは、太田だった。
「本部勤務の、通信技官だよ。」
その声にも、微かに笑いが含まれている。

─相原か・・・。

「ふうん。あいつ、みんなにメール飛ばしたんだな。」

そして、南部は、古代の恥ずかしそうな顔を思い浮かべた。古代の事だから、ユキと婚約したなんて照れくさくて、自分からは言い出せなかったんだろう。
ましてや、その相手が島なら、なおさらだ。

「まあ、古代らしいじゃないか。」
南部は、納得がいかない島をなだめながら、ふふッと笑った。

─もし島が、今日、ユキの寂しそうな顔を見てしまったら・・・。

南部は一人、ほんの少し、胸が痛んだ。それは島を思っての事か、ユキを思っての事か、南部自身にも判別はつかない。

街は次第に明度を落とし、空気が冷えていく。
待ちあわせの時間が近づいていた。

23:27  |  イスカンダル 帰還後のお話  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2016.11/15(Tue)

若葉の季節 ⑦

防衛軍本部ビルの近くの新しい居酒屋で、懐かしい仲間たちは、久しぶりに顔を揃えた。
島、太田、南部にユキと真田。北上からの高速鉄道が遅れ、待ち合わせの時間に間に合わなかった相原は、途中から合流した。
しかし、彼を待ち構えていたのは、すっかり出来上がった友人たちだった。

「で?久しぶりの故郷はどうだった?」
と島が問えば、
「昔の彼女と再会したとか?」
と、傍から太田が茶々を入れる。
相原は火消しに躍起になっている。しかし、彼が実家の引っ越しで手一杯だったと力説すればするほど、皆面白がって騒ぐのだった。

週末の店は、よく客が入っていた。
店の立地から、客は軍の関係者が多いような気もしたが、年齢層は幅広い。
こざっぱりした店内には、洒落た間接照明のほのかな明かりが、ぽつぽつと灯っている。

みんな、久しぶりの再会を喜んで、よく笑い、よく飲んだ。


「それにしても、地球の復興の速度は凄いですね。」
太田は、今朝帰還してから、何度となく口にしたフレーズを真田に投げかけた。
「そうだな。」
真田は、酒飲みの集団にウーロン茶で付き合っていた。
「それは、地球人類が、長い地下生活を強いられながらも、希望を捨てなかった証だよ。」

真田の言うとおり、地上が本来の姿をこんなに早くに取り戻したのは、何もイスカンダルからもたらされた、放射能除去装置のお陰ばかりではない。
人々は、再び、地上で生活する日に備えて、出来うる限りの『種の保存』に勤めていた。
ありとあらゆる動植物DNAがレベルで保存されていたのだ。
こんなに早い時期に、街に街路樹が植樹され、空に鳥が舞っているのも、いわゆる方舟計画が功を奏したものと言えるだろう。


すると、テーブルをはさんで真田の向いに座っていた相原が、ポツリとつぶやいた。

「でも、俺は、なんだか少し違和感も感じているんです。」

遅れてきた相原はは、すっかり出来あがったみんなに追いつこうと、少々、ペースを速めて飲んでいたらしい。
案外、アルコールには強い筈の彼が、いつの間にか、赤い顔をしていた。

「実家の引っ越しを手伝いながら、その合間に、母さんとも話したんだけど・・・。」
相原の横顔は、薄暗い居酒屋の照明に照らされている。
「なんだか、俺、世の中の変化のスピードについていけてないような気がしてて。」

「と、言うと?」
真田は、他のみんなの顔を見渡しながら、相原に訊いた。
「何か、この新しい街に、しっくりこないところでもあるのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですが。」
相原は、口ごもった。
言いたくない、というよりは、うまく言えない、と言った感じだろうか。

すると、そのやり取りを聞いていた南部が、呟いた。
「俺も、何となくわかりますよ。」
そして、南部は、泡の消えたビールを一気に飲み干した。
「俺たちの、あの航海が、今やすっかり過去のものになってしまっているような気がするんです。こうして、生まれ変わっていく街並みを見るのは、嬉しいし、誇らしくもありますがね。でも、このきれいな街の中にいると、ガミラスとの凄惨な戦いが、まるで夢の中の出来事のように思えてくるんです・・・。」

真田は、そうか、とだけ言った。
そして、みんな、それぞれ小さくため息をついた。

「俺が地球を離れている間に、父さんが死んで、母さんは一人で俺の帰りを待っていてくれた。その、痛みはどんなに美しい地球が甦ったとしても、決して無くならないんですよ。でも・・・。」

みんな、静かに相原の言葉を待っている。
少し、アルコールで上気した頭に、彼の悲しみが浸み込んでくるようだった。

「この地球を救ったのは、間違いなく俺たちなんだっていう自負はあるんです。でも、そのために、多くの人が死にました。その事を、この街にいると、忘れてしまいそうになるんです。」

「忘れたいのさ、みんな。」
くちを開いたのは、それまで黙っていた島だった。
「忘れたいのさ。きれいさっぱり忘れてしまいたいのさ。俺だってそうさ。お前だってそうだろう?でも、忘れられない。俺は、今でもときどき、夢に見るよ。いやな夢だよ・・・。」

島の言うとおり、みんな忘れたくても忘れられない思いを背負っている。
それなのに、自分たちの周りだけが、どんどん変わっていく。
まるで何ごとも無かったかのように・・・。


一瞬の沈黙ののち、ユキはパッと顔を上げて、努めて明るい声を出した。
この嫌な空気を払しょくしたかった。

「ねえ、みんな。今日は何のために集まったと思ってるの!?」
そして、少し恥ずかしそうに、あるいは、悪戯っぽく微笑んでいる。
「『私たち』の婚約をお祝いしてくれるって言ったじゃない。」


この急激な復興に一番違和感を感じているだろう、あの男は、今ごろどのあたりを飛んでいるのだろうか。

ユキの一言で、みんなの気持ちは、宇宙のかなたの一人の男に集まっていた。


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